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日本代表 GK 西川周作インタビュー「試合に出て結果を出したい。そのためには準備ですね」

2014/5/29 20:49



4年前、西川はW杯メンバー選出を有力視されながらも、川口能活(現・岐阜)のサプライズ選出によって23名の枠から漏れた。しかし、西川は「あのときも『3番手で行くよりは次に1番手、2番手を争う位置でW杯に行きたい』と思っていた」と4年後のブラジルW杯を見据えていたという。そしてそれは現実のものになろうとしている。これまでの4年間、川島永嗣との激しい先発争い、浦和への移籍、そしてW杯への熱い思いを聞いた。

文・菊地 正典

本当にこの1年は自分にとって大きなチャレンジ

―ブラジルW杯の日本代表登録メンバー23名に選ばれました。いまの心境を教えてください。

西川 選ばれたことを大変光栄に思いますし、やっとスタートラインに立てたなと思っています。いまの心境は選ばれたうれしさよりも、これから自分がどうやってゴールマウスを守るかということだけを考えています。日々のトレーニングで努力して、良い準備をしてブラジルW杯に挑めるように頑張りたいと思っています

――2010年はメンバーに入ることが有力視されていた中で落選してしまいました。

西川 あのときも『3番手で行くよりは次に1番手、2番手を争う位置でW杯に行きたい』と思っていました。それから4年経って、実際にあと一歩のところまで来ています。ここからがすごく大事だと思います

――今季、西川選手は連覇を達成した広島から浦和へ移籍するという大きな決断をされました。ここまでのご自身のプレーはいかがでしょうか?

西川 もう一度、ミシャ(ペトロヴィッチ監督)の下でサッカーをしたいというのと、浦和の失点数をどこまで減らせるかというところにチャレンジしたくてここに来ました。浦和は攻撃的なチームなので、まずは失点を昨シーズンより少なくしたいと思っていますし、最少失点を狙っています。いまは僕だけじゃなく、みんなもそういう気持ちでプレーしていて、ここまでは良いペースで戦えているのかなと思います。コンディションもどんどん上がっていると思いますし、プレーしているうちにいい余裕が出てきています。

 やはり浦和レッズというクラブは大きなクラブですし、注目度は高いです。そんなクラブで活躍するかしないかの勝負の年だと思ってやってきましたし、W杯がある中でリスクを負ってでも移籍したほうが自分のためになるんじゃないかと思って決断しました。ミシャも浦和で3年目ですし、僕自身も移籍して1年目の勝負の年で、何か結果を手にしたいと思っています。

――そういう意味では、リーグ戦は首位で中断期間に入りました。移籍は正解だったと言えるのではないでしょうか?

西川 そうですね。チームがとにかく上位にい続けることが大事ですし、スタートダッシュはうまくできなかったですけど、そのときもここから上がっていけば、という考えでした。良過ぎるのも悪くなったときのフォローがしづらくなりますし(笑)。スタートがあまり良くなかったのが逆に良かったのかなと、ポジティブに捉えています」

――移籍するにあたって、海外でプレーするというのはリスクが大き過ぎたのでしょうか?

西川 海外でやるという選択肢は自分の中ではそんなに大きくはなかったです。どちらかというとJリーグで頑張りたいという気持ちが強かったので、浦和レッズに決めました。

――もしW杯イヤーではなかったら違う選択をしていた可能性はありますか?

西川 あったかもしれないですね。W杯イヤーだからこそ移籍したということもありますし、W杯がなければ残ってACLを戦うことを考えた時期もあったかもしれません。ただ、サッカー人生は1回きりですし、行けるときに自分が思ったところに身を置くのが自分のやり方なので、自分を信じて移籍しました。

――W杯イヤーということを考えれば、このままじゃ足りないと?

西川 広島の場合は守備の練習もしていたし、組織がしっかりしていました。全体でうまくやれていたぶん、引いて守ったりもする中で最少失点も達成できました。ただ、その中で新たなチャレンジをしたくなりました。

 浦和は失点数が多くて、ACL出場も逃して、それが自分のモチベーションになったというか、『自分が入ってどこまで減らせるのだろう』と思うようになりました。失点が増えればサポーターの人たちの信頼を得られないと思いますし、1年が終わったときに自分が何を残せているかというのがすべてだと思います。本当にこの1年は自分にとって大きなチャレンジですね。

話題性のあるGKになりたいとは思っていました

――西川選手はシュートストップの技術はもちろん足元の技術もあります。足元はもともとうまかったのですか?

西川 大分のときも足元の練習はしていましたけど、やっぱりパスサッカーになった広島に移籍してからですね。最初はGKからつなぐという意識はあまりなかったので戸惑いもありましたし、ミスもしていました。ただ、それを乗り越えて余裕が出てきたというか、自分のプレーに自信を持てるようになりました。広島に移籍して自分のプレーの幅が広がったと思います。

――大分の強化部長を務めていた原靖さんがトップチームに昇格した当時から足元はうまかったとおっしゃっていました。

西川 足元というよりは、キックですね。昔からキック力は人よりも自信があったので、あとは精度を高めようと中学のときから練習していました。高校のときはFKも蹴らせてもらったり、GKではありえないようなことをやっていました(笑)。

――元パラグアイ代表GKのチラベルトが相当好きだったとうかがいましたが?

西川 はい(笑)。話題性のあるGKになりたいとは思っていましたね。

――大分U-18時代には直接FKで得点も決めていました。いまでも蹴りたくなることがあるのではないでしょうか?

西川 J1第12節・甲府戦(0△0)で2回ペナルティーエリア付近でFKのチャンスがありましたが、『最高の位置だな』と思っていました(笑)。現在の国立競技場でプレーできる最後の機会でしたし。FKを直接決めるのは簡単じゃないですけど、蹴ってみたいなとは思いましたね。

――以前、広島のときにハーフウェイライン付近からバーを目掛けてキックする練習をしていると話していましたが、いまもやっていますか?

西川 いまは遠くに人を立たせて、ゴール前から胸を目掛けて蹴ったりとか、イメージを持ちながら蹴っています。その練習はあまりしていないですね。

――そのときは左足で蹴っていたのでしょうか?

西川 左足でずっと蹴っていました。

――実際は右利きですよね?

西川 サッカーを始めたころは右SBとかでプレーしていましたし、右のほうが蹴りやすかったですね。

――利き足が左に変わったのはいつごろですか?

西川 小学3年生でサッカーを始めて小学4年生でGKになったんですけど、シュート練習はGKじゃなくて蹴る側に回っていました。左足であまり蹴ることができなかったので左足で蹴るほうに回って蹴っていたら、左足のほうが蹴れるようになったんです(笑)。『もともと左だったのかな』、『気付かなかっただけなのかな』というぐらい(笑)。ほかは全部右なんですけどね。文字を書くのも、ご飯を食べるのも右です。変わり者なんですよね(笑)。GKは変わり者が多いですから(笑)。

――西川選手が考える自分の長所と短所は?

西川 良いところは落ち着いているところ。ボールが回ってきても慌てないとか。あまり派手なプレーをするのは好きではないので、ビッグセーブというよりは『確実に』ということは意識しています。それは試合でも出せているのかなと思います。あと意識しているのは“ここぞ”というときにもっとシュートを止めていきたいということですね。どんなシュートでも。そのワンプレーがチームの勝敗を分けると思うので、そこはもっと力を付けていきたいです。

『1対1になったときほど余裕を持て』ということはいつも尚史さん(土田GKコーチ)から言われています。浦和に来てそういうちょっとした助言みたいなものを試合で生かせていると思います。あとは自分が失点したことを経験にしています。J1第5節・神戸戦(1●3)でペドロ・ジュニオール選手に決められた1対1の場面とかは、その後のプレーに生かせていると思います。

――試合中に白い歯を見せる笑顔が印象的ですけど、GKとして味方に安心感を与えるという意識はありますか?

西川 特別意識はないですけど、常に自分は前向きな姿勢でやろうと思っていますし、後ろがバタバタしなければチームもバタバタとしないと思いながらプレーしています。危ないシーンがあってもGKの自分が笑顔でいることでポジティブになれるというか、僕だけじゃなくて周りの選手が少しでも余裕を持ってプレーできるようにと思っています。

 セットプレーはピンチじゃなくて逆にチャンスだと思えるぐらいの余裕を持ってやれればプレーも違ってきます。実際に相手のセットプレーを防いだあとはチャンスなので、セットプレーはチャンスだと思って守っています。だから笑顔は別に作っているわけではなく、自然に出ているものですね。

日本代表のGKは“チーム・ゴレイロ”。仲が良い

――西川選手が日本代表でピッチに立つためには川島永嗣選手が大きな壁となると思います。西川選手にとって川島選手はどんな存在ですか?

西川 僕自身、常に尊敬している選手ですし、永嗣さんから学ぶことはたくさんあるので、代表の合宿は毎回楽しみです。ハイレベルなGKなので、その選手と一緒にできることは自分にとって良い経験になっていますし、良い関係で練習も合宿も過ごせていると思います。

――川島選手は「日本のGK全体としてレベルアップしていきたい」と語っていましたが、ライバルでありながらも“日本代表GKチーム”のような意識はあるのでしょうか?

西川 そうですね。僕はライバルとは思っていませんし、本当に良い先輩というか。目の前にお手本のような人がいるから自分が頑張れるという部分はあります。永嗣さんは器のデカさがあるので、みんなで頑張れています。GKコーチを含めて、日本代表のGKは“チーム・ゴレイロ”みたいな感じで仲が良いですね。

――GKは一つしかポジションがないこともあり、まったくしゃべらないとか、強烈なライバル意識があるという話もよく聞きます。

西川 僕もそういった話は聞いたことがあります。でも、そういう感じはまったくないですね。永嗣さんが出ているときは素直に応援できますし、自分がチームのために何ができるかといったら、永嗣さんに何かあったときに準備すること、それだけだと思っています。だから練習から100%でやることは当たり前じゃないといけないと思っています。あとは所属チームでどれだけできるかということを考えています。

――川島選手とは普段どんな話をすることが多いですか?

西川 永嗣さんにはあまりJリーグの情報が入っていないので、会ったときはJリーグの話をしたりとか。それから永嗣さんは料理もするので(笑)。何でもできますからね、本当に。そこも尊敬します(笑)。

この準備期間でどれだけ準備できるかが大事

――チームの雰囲気というと、西川選手は今までワールドユース(現・U-20W杯)や五輪という各世代の世界大会に出場してきましたが、そのころのチームと比べていまの代表の雰囲気はどうですか?

西川 意識が高い選手がたくさんいるので、海外に行っている選手の姿勢はJリーグでプレーしている選手も見習わないといけないと思います。W杯優勝と(本田)圭佑や(長友)佑都が言っていますけど、みんなが口に出して言うことでそれが可能になっていくのだと思います。そういう大きなことを言って、それに向かって一緒に頑張れているし、同じ方向を向いてやれているのかなと思います。そういう意味で雰囲気はすごく良いですね。

――その雰囲気を含めて、結果を残せるという自信はありますか?

西川 ありますね。あとはこの準備期間でどれだけ良い準備ができるかがチームとしても大事です。個の部分についても、みんな感じているし、話し合っています。結局は個でどれだけできるかで、結果が出ると思っています。

――西川選手にとってW杯とは何ですか?

西川 小さいころは夢でしたね。でも目標になり、いまは通過点というか、絶対通らないといけない位置まで来ているのかなと思います。できれば試合にも出たいですし、出るためにはとにかく準備ですね。メンタル面でも、体の面でも、良い準備をして試合に出たいですね。試合に出て結果を出したいです。

西川周作(にしかわ・しゅうさく)
1986年6月18日生まれ、27歳。大分県宇佐市出身。183センチ/81キロ。宇佐FC→大分U-15→大分U-18を経て、2005年に大分のトップチームに昇格。同年にワールドユースでベスト16進出に貢献すると大分でもレギュラーポジションを確保。Jリーグ優秀新人賞にも輝いた。2010年に広島に完全移籍すると2012年、2013年とJリーグ連覇に貢献。今季、浦和へ完全移籍を果たした。シュートストップに定評のあるGKで、足元の技術に長け、ビルドアップに力を発揮する。J1通算267試合出場。国際Aマッチ12試合出場9失点

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