計9発が乱れ飛んだ等々力の夜。C大阪としては、5試合ぶりに味わったゴールの歓喜、相手の猛攻にさらされ続けた絶望、試合を捨てずに追いすがった意地…。90分の中で実にさまざまな感情に揺れ動いた一戦だったが、試合後、アウェイゴール裏を埋めた桜のサポーターから真っ先にコールが送られたのは「吉野」だった。
ルーキーイヤーの2年前。いまと同じく残留争いに追い込まれたチームの中で、彼は、流れを変えるスーパーサブとしての地位を築きつつあった。独特の攻撃センス、そしてリズムは吉野だけが持つ武器であり、当時の指揮官であるレヴィー・クルピも彼の能力を高く買っていた。だがその矢先、練習試合で左ひざ前十字じん帯の大けがを負ってしまう。悪夢は続く。昨年7月末、8カ月にもおよぶリハビリを経て全体練習に合流したまさにその日、同じ箇所を負傷するアクシデントに見舞われた。再び余儀なくされたリハビリ生活。「手術、失敗でしょ」。「何で良くならないんですか」。プロ入り後、最も多くの時間をともにしてきた白井佳明トレーナーにあたる日もあった。迎えた復帰戦。技術は錆びていなかった。流れを変えるべく後半から投入されると、相手を外す動き、軽やかで小気味よいパス、ボールを奪われないキープ力で、試合の色を変えてみせた。
後半の反撃に関し、吉野本人は、「自分がどう、とかは特に思わない」と話したが、彼がピッチに与えた影響は大きい。ボールを蹴りたくても蹴れない日々。仲間のプレーをただ見つめるだけだった時間を思えば、残留争いも乗り越えられる。この日、C大阪にかかわる人が最後に味わった感情は、“希望”だった。(小田尚史)
吉野峻光(よしの・たかみつ)
1989年4月24日生まれ、25歳。京都府出身。176cm/67kg。京都JY→静岡学園高→国士舘大を経て、12年にC大阪へ加入したMF。J1通算6試合出場。ナビスコカップ4試合、天皇杯5試合に出場した経験もある。