Feature 特集

[清水]MF 8 石毛秀樹インタビュー「五輪には出るだけじゃなく、勝つことをイメージしている」

2014/1/23 14:35



石毛秀樹、11年のU-17W杯でベスト8にチームを導き、日本人としては8年ぶりにアジア年間最優秀ユース選手賞を受賞した。翌年には高校3年生ながらJデビューを飾り、イングランドの強豪マンチェスター・シティの練習にも参加した。そんな石毛にとって五輪は“世界を体感する場所”ではなく、“勝つために行く場所”でしかない。

聞き手:田中芳樹/取材日:2013年12月5日(木)


ちょっとしたことができる選手に

──2012年は高校生Jリーガー、2013年は完全なプロ選手としてプレーしました。違いはありましたか?

石毛 12年は練習が終わってから学校に行ったりしていて慌ただしかったですけど、13年は残って試合の映像を見ることもできますし、サッカーに対してもっと集中できる環境になったと思います。リフティングとかが好きなので、練習が終わってからもやっていたかったですけど、12年のときはそうもいかなかったですから。

 リフティングとかただ単純にボールを触っていることが楽しいので、ボールに触っている時間が長くなったことは良かったと思います。プロになってそういうサッカーにプラスになる時間が増えたので、それは大きかったですね。

──13年の開幕戦(大宮戦・2△2)は先発でした。

石毛 開幕戦はどうしても出たいという気持ちが強かったですね。一昨季から元紀くん(大前)が右サイドでプレーしていましたが、元紀くんの移籍が決まったときから、『そこのポジションは自分がやるんだ!』という気持ちを持っていました。だから、開幕戦が自分の思い入れのあるポジションで先発できたので良かったです。

──その試合でリーグ初ゴールを決めましたが、試合前からゴールは狙っていましたか?

石毛 やっぱりあのポジションで出るからには点は取りたいと思っていましたし、毎試合、毎試合、点を取りたいと思っていました。その中で13年チーム初ゴールで、それが自分の中でもJリーグ初ゴールとなりました。そういう意味では、13年のスタートとしては、良かったのかなと思います。

──ナビスコカップのグループリーグ第2節(磐田戦・1●5)ではチームが大敗しましたが、直接FKも決めました。

石毛 小学校からFKを蹴ってきて、U-17W杯でもセットプレーのキッカーをしていたのでセットプレーには自信がありました。12年は元紀くん(大前)が蹴っていて、まだまだ元紀くんのようには蹴ることができないなと思っていたのですが、元紀くんが移籍して自分が蹴るように監督に言われるようになったときから、練習ではいろいろと考えながら蹴っていました。助走の角度を変えたり、長さを変えたりとしながら、蹴るときのインパクトの強さを変えたりだとか。

 あの得点シーンは、FKの位置が少し外側で、あまり角度のないところだったので、壁ギリギリを越えて、GKの前でバウンドするボールを蹴ったら入るかなと思いました。そうしたら狙いどおりに飛んでいきました。相手GKが川口さん(能活・元磐田)だったというのもありますが、FKを決められたことはうれしかったですね。

──ただ、一方でチームの調子はなかなか上がりませんでした。その中で石毛選手はどのような気持ちでプレーしていたのでしょうか?

石毛 チームが勝てない試合が続いて、自分がチームを助けなきゃという気持ちが強かったですね。それが逆に自分の中で空回りをしていたのかなと。いま考えるとそう思います。『自分が何とかしなきゃ』という思いが強過ぎて、パスするべきところでも一つドリブルしてしまったりしていました。

 だから、そのあと鳥栖戦(J1第5節・1○0)から少し試合に出られなくなったのかなと思います。初勝利の鳥栖戦も83分からの出場なので、チームの初勝利ということはうれしかったですけど、自分がスタメンを外れたときに勝ったことで素直に喜び切れない部分はありました。

──それ以降は、途中出場が増えましたが、第18節のFC東京戦(0△0)は左SBで先発しました。左SBではどんなことに気を付けながらプレーしていましたか?

石毛 最低限の守備はしなければいけないですけど、その中で自分の良さは攻撃だと思っていました。監督からも『お前の良さは攻撃だからそこを出してくれ!』と言われていたので、『SBだから』というよりは、『前が空いたらとりあえずしかけよう』、『シュートが打てる状況なら打とう』という意識でプレーしていました。

 だから、それほど戸惑いはありませんでした。チームとして守るという部分で難しさはありましたが、個人としての1対1の部分ではそのFC東京戦から、あまりやられた記憶はありません。

──ただ、次の第19節・新潟戦(1●3)では攻撃的なポジションで先発出場しました。

石毛 FC東京戦で(SBとして)先発したのは、豊くん(吉田)が出場停止だったからで、その代わりに出たのだと思います。だから豊くんが戻って来たらSBはないだろうと思っていました。ただ、その新潟戦の出来が良くなかった。うまく攻撃に顔を出せず、チャンスを作れなかったので悔しかったですね。

 せっかくもらったチャンスを無駄にしてしまったので、湘南戦(第20節・3○1)、C大阪戦(第21節・1●4)、浦和戦(第22節・0●2)の3試合は、ベンチにいるのが悔しかったですね。

 だから、鹿島戦(第23節・4○3)からSBで出場しましたが、自分がチャンスを逃しているということもあったので、『死に物狂いで頑張るしかないな』と思っていました。その中でチームが勝てたのは大きかったですね。

──石毛選手の昨季のベストゲームは?

石毛 自分の中ではやっぱり開幕戦ですね。チームの調子が良ければ、自分としても波に乗れるのかなと思います。チームとともに波に乗れれば良かったのですが…。

──逆に課題が残った試合は?

石毛 第2節の横浜FM戦(0●5)から第4節の広島戦(0●4)までですね。自分の良さを出せませんでした。

──新たなシーズンはどのポジションで勝負したいですか?

石毛 自分は前の選手だと、中盤の選手だと。その気持ちはSBで試合に定着することになっても常に思っていました。試合に出られることに関してはうれしかったですけど、でもそこで満足してはいけないなと。だから大宮戦(第32節・1○0)で攻撃的なポジションで使ってもらえたときは、やっぱり自分の中でも結果を残さなければいけないし、結果を出そうと思っていました。

 前で出ているときのほうが、自分の特長が生きるというか、サッカーをしていても楽しい。だから13シーズンは後々に振り返ったときにSBとして“守備の部分を学べたシーズン”と言えるようにしたい。

 あと、新しいシーズンはサッカーを知っている人が、『石毛、良い動きだね』というプレーをしたいです。『アイツ、考えてスペース開けたな』とか、『あの選手を上げるためにこういうプレーをしたんだ』とか、ちょっとしたことかもしれないですけど、そういう動きもできるようになれば進化できるのかなと思います。


U-17W杯の悔しさと手ごたえ

──いよいよリオ五輪の代表チームが始動しました。五輪に対するイメージは?

石毛 年齢制限があるのでオーバーエイジを別にすると、一生に一回しかないチャンス。だから、出たいという思いは強いですね。

 ただ、自分たちの世代はU-17W杯で悔しい思いをしている(※準々決勝でU-17ブラジル代表に2-3と惜敗)ので出るだけでなくて、世界で勝つということを意識していると思います。だから自分も五輪に出ることだけではなくて、五輪で勝つことをイメージしています・・・

続きは以下のサービス
でご覧になれます。

ELGOLAZOが総力をあげてJリーグ・日本代表情報を深く、鋭く、そしてどこよりも熱くお届けします!

EG 番記者取材速報

League リーグ・大会