時間がたてども、定まらなかった戦術
降格圏に沈む現状を鑑みれば、大熊清前監督の解任は驚くべきニュースではない。練習や試合の内容も悪化の一途をたどっていただけに、遅過ぎる決断だったと言っても差し支えない。
元をたどれば、開幕前のキャンプを終えた段階から「これといった戦術がない」という声が選手たちから聞こえてきていた。それでも試合ごとに課題をあぶり出し、修正しながらチームを形作ることは可能だったはずだ。しかし、細部を詰めるための戦術練習はほとんどなく、狙いもメンバーもシステムもコロコロと変わる紅白戦の繰り返し。いつまで経ってもチームは前に進まなかった。約1カ月半の中断期間には前線からのプレスと“裏狙い”を軸として練習を重ね、ようやく「チームとして『こういうふうにやっていこう』というのはかなり明確になってきた」(渡邉)。だが、リーグ再開初戦である第15節・広島戦の前半で0-3とされると、早くもこの戦い方を放棄。またしても迷走が始まり、指揮官の信頼は一気に崩れていった。
選手選考の過程にも問題があった。試合出場のための明確な基準が存在しないため、選手にとっては練習でアピールしようにも、何を求められているのかが判然としない。コミュニケーションも円滑ではなく、監督、スタッフと話し合いの場を持った選手も、「話はしているけど、届いていないというか…」と吐露した。手ごたえのない議論は逆に不信感を募らせることにつながった。結果として選手たちは各自で求めるプレーを模索していったが、ベースもない状態では選手間で意見の齟齬が生まれたときに擦り合わせることもままならない。議論の基準点となるべきチームの指針もないため、歩み寄っての解決もできず、互いに自分のスタイルを主張するにとどまった。監督をはじめとするスタッフが溝を埋めるべく調整する場面もあまり見られず、チーム内の意識はシーズンが深まるにつれてバラバラになっていった。チームに対して当事者意識が持てなくなる選手が増えたのも、その是非はともかく、必然の流れではあった。
その招へいに哲学はあったのか
もちろん、どんな要素があってもピッチ上で戦うのは選手たちであり、当然、彼らにも責任がある。例えば大熊前監督のラストマッチとなった第22節・浦和戦では数的優位の守備でもプレッシャーが掛からず、一気に突破されてしまうシーンがあった。戦術的に整備されていないことは確かだが、最低限の戦う姿勢すら示せていないことの理由にはならない。チームを長く支えてきた金澤は、「普段からそういうところの厳しさを選手同士で求める部分が足りない」と恒常的な厳しさの欠如に強い危機感を示す。球際の激しさを求める大熊前監督にとっては、そういった環境も障壁となった。
大熊前監督の手腕が低迷の一因になったのは間違いない。ただ、三浦俊也氏やベルデニック氏といった戦術家の下で成功を収めた大宮にとって、そもそもクラブカラーにそぐわない人選でもあった。クラブはこの結果を受け止め、進む方向を見つめ直すことが求められるだろう。( 片村 光博)