来日前の試合(8日、ブンデスリーガ第11節・フライブルク戦)で左手を踏まれ、骨折の疑いで来日辞退もささやかれた内田篤人。ただその後の精密検査で骨に異常は見られず、代表チームに合流した。包帯を巻いての練習となっているが「サッカー選手なので。手が折れているなら…ですが、関係ないというか、あの程度で折れていたら骨が足りない」と気丈に振る舞った。だが実は、本人がより心配しているのは古傷である右ひざの状態だ。
今年の2月に右太ももの腱が断裂し、W杯出場も危ぶまれたが、懸命なリハビリで間に合わせ、ブラジルでは獅子奮迅の働きを見せた。しかし、その無理がたたったのか、右ひざに炎症を起こし、今季のブンデスリーガでは9月23日の第5節・ブレーメン戦でようやく復帰。そこから継続的に出場しているが、万全の状態とは言い難い。今回、シャルケのチームドクターが同伴で来日したのも、ひざの治療と状態をチェックするためだろう。今後、欧州と日本の行き来を見据えて、「とりあえず、ひざのことをドクターと相談していきます」と語った内田。12日の練習後には「どんな感じですかね。まだ(ドクターと)そんなにちゃんと話してないですよ」と話すにとどまった。ひざの問題は昨日今日に始まったことではなく、アイシングなどは続けているというが、フルメニューをこなしており、少なくともホンジュラス戦の出場に支障はない様子だ。
ブラジルW杯のコロンビア戦後、TV向けに「代表を退くことをずっと考えていた」と語ったことが“引退示唆”として報じられ、9、10月で招集がなかったことから、ある種の待望論とともにその話題が再び一人歩きした。コンディションを考えれば今回のタイミングでの復帰は当然で、引退を撤回したからというわけでもないだろう。しかし、一部でW杯時の発言が再びクローズアップされたことについて「新聞では最近しゃべったかのように書いてあって、なんか怖いと思いました」と記者陣にこぼした。コロンビア戦後の発言の真相を断定することはできないが、ここまでの経緯から考えれば、モチベーションうんぬんの前に、ひざに爆弾を抱えた状態でまた4年間、クラブと代表の両方に向き合っていけるのかという不安が先に立っていたのだろう。ドクターとの相談でどういう決断をするのか。この件に関しては、内田の口が開かれるまで、静観するしかない。(河治 良幸)
内田 篤人(うちだ・あつと)
1988年3月27日生まれ、26歳。静岡県田方郡函南町出身。函南中→清水東高→鹿島を経て2010年7月にシャルケ(ドイツ)へ移籍。欧州CLでも出場を重ねる。J1通算124試合出場3得点。日国際Aマッチ71試合出場2得点。