不思議な偶然が重なった。11月29日は仙台所属の佐々木の誕生日であり、クラブ全体にとっても記憶に残る日付である。2014年には新たな記憶が加わった。
2003年の11月29日は、同年のJ1・2ndステージ最終戦・大分戦がおこなわれた日だった。そしてこのとき、仙台はアウェイ・大分の地で引き分け、J2降格が決定した。当時の仙台で選手としてピッチに立ち、今季途中に仙台に戻って来た村上は、他チームにいる間も当時の新聞記事を保存していたという。
それから11年後の同日に、仙台はあのときに達成できなかったJ1残留を決めた。対戦相手は徳島。実は仙台がJ2で優勝争いをしていた2009年に、同日のJ2第50節で対戦した相手も徳島だった。このときは、インフルエンザの影響で主力選手を複数欠く緊急事態だったが、4-0で大勝。次節でのJ2優勝につなげた。
「ようやく結果を出せて良かった」と、2014年11月29日の徳島戦で決勝点を決めた菅井は安堵した。菅井はチームが降格した2003年はルーキーで、リーグ戦のピッチに立つことはかなわず、仙台で遠くの結果を待つ立場だった。いまや主力となった彼は2013年のJ1第15節・大分戦(1○0)でも決勝点を決めているため、降格した場所においても日付においても、苦い記憶を払しょくする上で大きな役割を果たしたことになる。
そして、2014年の11月29日に、苦しい戦いの末にJ1残留を達成した指揮官は、渡邉監督。2003年の同日に降格したとき、選手として大分のピッチに立っていた人物だった。「クラブの20周年という記念すべき年に不甲斐ない成績に終わってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいです」。歴史を知る者の言葉には、重みがあった。(板垣 晴朗)