生と死の立場を一瞬にして変える、あまりにも劇的な後半ロスタイムの決勝ゴール。その主役は誰も予想しなかったGK山岸だった。
石川のCKがストーン役・前田の脇のスペースを突いてくるのは練習からの狙いどおりだった。敵陣ゴール前まで上がった185cmの山岸はフィールドプレーヤーを含めても最長身。本人は「決めてやる」とゴールへの意欲をあらわにしたわけでも、「相手のマークを一人でも引き付けられれば」と控えめに陣取っていたわけでもない。「とにかくスラしてコースを変えれば中で何かが起きると思った」とヘディングで触ることだけを考えていた。そのボールは、間近で目撃した山田が「触った瞬間に入るなという感じだった」というほど、昇格争いの殺伐とした空気には似合わない実に軽やかな軌道を描いてゴールに吸い込まれていった。
この劇的なラストへの伏線を張ったのも山岸だった。
10分に山崎のシュートを反応良くセーブすると、その後もシュートストップやスルーパスへの飛び出しで次々にピンチの芽を摘んでいった。「とにかく先制されたくなかった。相手の攻撃の圧力が強くても後ろで踏ん張ろうという話はしていた」。21分にも宮崎のシュートをはじき、こぼれ球に反応した前田、山崎の至近距離のシュートを体を張ってはね返した。先制ゴールはこのビッグセーブの5分後に生まれている。
「昭和の男だよ。昔はああいうのがゴロゴロいたんだ」。石井肇テクニカルダイレクターが山岸をそう評したことがあった。6月の移籍加入以降、チームメート同士で意思表示することを促し続け、自らも気が付いたことは口が酸っぱくなるほどに言い続けてきた。シーズン終盤に来て山形の選手がたくましく戦えているとしたら、そうした働きかけも大きな要因の一つだ。
大勢のメディアに囲まれている間も、時折笑顔は見せてもすぐに引き締まった表情に変わった。「僕自身が何かを手にするまでは浮かれたくない。次に勝利をつかまないと、今日の勝利の意味がなくなってしまう」。あまたの悔しい経験が、山岸に前を向かせている。(佐藤 円)
山岸 範宏(やまぎし・のりひろ)
1978年5月17日生まれ、36歳。185cm/88kg。埼玉県出身。大里中→熊谷高→中京大→浦和を経て今季6月より山形に期限付き移籍。J1通算137試合出場0得点。J2通算24試合出場0得点。