千葉には韓国語通訳がいない。だからキム・ヒョヌンは、呼び止められるといつもちょっと困ったような緊張した面持ちになるが、この日は抑えても抑えても笑みが込み上げてきた。「うれしい。ピッチが悪かったから難しい試合だったけど、ゼロで終われて良かった」と、声をはずませた。
雨中のゲーム運びをラクにした先制ゴールは15分だった。右タッチライン際のFK。中村太亮の左足から放たれたボールは、選手たちの密集と京都GK杉本大地との間に落ち、バウンドが伸びた。杉本が必死にはじいたが、そこに詰めていたのがキム・ヒョヌンだった。「試合前にセットプレー練習で、(ヘッドコーチの)小倉(勉)さんから『ファーサイドとニアサイドに入ればチャンスが来る』と言われていた。そのとおりにしっかり入ったらボールが僕に来た。ラッキーなゴールだった」と、また笑顔を見せた。
笑顔にはもう一つ理由がある。京都の最終ラインには千葉から移籍した主将・山口智がいた。キム・ヒョヌンにとって山口は、「日本に来てから2年間、すべてを教わった」という特別な存在だ。「守備はもちろんビルドアップも教えてもらった。リーダーシップも勉強させてもらった。プロとしてのあり方を学んだ」と、山口への感謝の言葉は尽きない。だからこそ「勝ちたいし、智さんがいるから良い試合がしたい。僕たちだけでも良い守備ができることを見せたい」と、試合前に語っていた。
守備陣として無失点に抑えて、セットプレーからの決勝弾。山口の前で「良い試合」どころかMOMの活躍だった。セットプレーからの得点は、かつて山口が千葉を何度も救ってきたモノで、それをこの日はヒョヌンが演じた。
あの場面で、キム・ヒョヌンをゾーンで見ていたのが山口だったことも、何か運命的ではある。
試合前にも試合後も、「智さんとは話さなかった」。それが互いの、プロとしてのあり方だったのだろう。(芥川 和久)
キム ヒョヌン(KIM Hyun Hun)
1991年4月30日生まれ、23歳。184cm/77kg。韓国出身。東莱中→晋州高→弘益大(以上韓国)を経て13年千葉に加入。J2通算66試合出場5得点。高さと速さを併せ持つDF。