角田が京都から仙台へと活躍の場を移したのは2011年。この年は言わずもがな、東日本大震災があった年である。移籍直後に苦難に直面し、「正直、来る場所を間違えたのかなと思った」と当時の心境を振り返る。しかし、苦境に立たされたチームはサポーター、地域と一体になり、優勝争いを展開。翌年にはJ1リーグで2位の成績を収め、ACL出場権を獲得した。角田がプレーヤーとして、人間として大きく成長できたのは、この東北の地でのさまざまな出来事があったからに間違いない。「もちろん仙台に行ったからこそ、自分はいま、川崎にいると思う」と本人も認める。
多くの思い出が詰まった古巣との対戦は「意識をするな」というほうが難しい。「あんまり意識せえへんとは思っていたんやけど、ちょっとここに来て意識し始めている自分がいる。あのスタジアムだとやりづらいなとか。でも、楽しみでもあるんですけどね」。こう語る角田の表情と口調には、複雑な思いとユアスタに再び立てる喜びが交じり合っていた。「ホームのときは、すごくやりやすかったから。自分はホーム感しか味わったことがないけど、それが敵なると本当にイヤな雰囲気だと思う」とかつては大声援の後押しを受けて戦った“ホーム”を強く警戒した。
攻撃的なサッカーを志向する川崎Fに備わっていなかった守りのエッセンスを与えるだけでなく、決定機を決め切れずに勝ち点を落とした試合のあとには容赦なく「前に決めてもらわないと」と厳しい言葉を発し、チームに“厳しさ”をもたらした。その風格はもはや“川崎フロンターレ”の中心選手。それをかつてのホームのサポーターの前で証明するために、角田は仙台へ乗り込む。(竹中 玲央奈)