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[日本代表]MF 柴崎岳 職人気質の男は黙々と高みを目指す

2015/9/29 11:41



東北人らしい生真面目で不言実行のキャラクター。職人気質の男は黙々と高みを目指す


「同い年の宇佐美(貴史=G大阪)、宮市(亮=トゥエンテ)、柴崎(岳=鹿島)のことはユースの頃からずっと尊敬してました」

 今をときめくアタッカー・武藤嘉紀(FC東京)にこう言わしめる、92年プラチナ世代の代表格の1人が柴崎だ。

 青森山田中学・高校時代の恩師・黒田剛監督に「1人だけ違った次元でサッカーが見えている選手。将来の日本代表を担う存在になってもらわないと困る」と太鼓判を押されたほど、10代の頃から将来を嘱望されていたのは間違いない。

 青森県・野辺地出身の彼は黒田監督の誘いを受け、親元を離れて青森山田中学に進学。本格的にサッカーをまい進し始める。中3の時には全国中学校大会準優勝。高校進学後は1年から背番号10を背負った。2年の高校サッカー選手権では椎名伸志(現松本山雅)とボランチコンビを組んで準優勝。高3になる前にいち早くも鹿島アントラーズと契約を結んだ。本人は「早く進路を決めて、残り1年間はレベルアップに勤しみたい」という考えだったようだが、こんなに早くプロの行き先を決めた高校生は過去にいなかった。柴崎自身の明確なビジョン、鹿島側の高評価があってこそ、成り立った出来事だった。

 17歳にして常勝軍団の未来を担う存在となった柴崎だが、年代別代表では挫折も味わっている。高2の秋に2009年U−17ワールドカップ(ナイジェリア)に背番号10をつけて出たところまでは順調だったが、次のユース代表は途中で落選の憂き目に遭う。

「ワールドカップを見ておくことは今後のために重要ということで、柴崎の2010年南アフリカ大会観戦が早い段階から決まっていた。が、タイミングの悪いことに、同時期のU−19代表の海外遠征に招集されてしまった。そこで日本サッカー協会に事情を話して丁重に辞退したところ、次から一切呼ばれなくなった」と黒田監督は理由を打ち明け、激怒していたことがある。

 協会側の理不尽な対応に加え、高2・3の選手権での過度な取材攻勢に辟易したのだろう。もともと人見知りの激しかった柴崎は公の場でほとんど口を開かなくなる。こうした立ち振る舞いは鹿島入り後も続いた。

「先輩の小笠原(満男)も同じ東北人で多くを語らないタイプだった。社交的とは言えないその性格が日本代表での成功を妨げた部分もあったのだろう。柴崎もどこかで殻を破らないと先々が厳しくなるかもしれない」と黒田監督も先行きを不安視したことがあったが、本人の不言実行スタイルは20歳を過ぎても変化しなかった。柴崎の中では「男は黙ってコツコツと実力を蓄えればいい」という職人気質の考え方が根強かったのだろうが、メディアから見れば近寄りがたい若者という印象はなかなか拭えなかった。

 こうして自分流で実績を積み重ね、鹿島不動の司令塔に君臨したわけだが、2012年ロンドン五輪を逃すなど、相変わらず代表からは縁遠かった。その柴崎にチャンスを与えたのがハビエル・アギーレ前監督。2014年9月のベネズエラ戦(横浜)で初キャップを飾ることになった彼は、その記念すべき一戦で代表初ゴールを挙げることに成功した。

 このあたりから少しずつ行動にも変化が見えてきた。A代表の一員になった以上、公の場で自分の考えを語らなければならない時もある。それを本人も悟ったのか、じっくり腰を据えてメディア対応を行うケースも日に日に増えていったのだ。

 2014年10月のブラジル戦(シンガポール)に惨敗した時などは、「並大抵の成長速度では、現役時代の中でこういったチームには対応できないのではないかと思うので、自分の成長速度を上げないと。またこういうチームとやれた時にいい部分を出せるように1からやり直すというか、見つめ直していく必要があると思います」と彼らしい淡々とした言い回しで力不足を認めていた。今年1月のアジアカップ・UAE戦(シドニー)で自身が同点弾を決めながら苦杯を喫した時も「結果に結びつかなかったんであれば、結果に値するプレーはできてないと思います」と悔しさを強く噛みしめていた。柴崎は饒舌でない分、一度口を開くと非常に鋭く明確な分析をする。非常に頭のいい人間なのだ。

 その柴崎に若かりし頃から一目置いていたのが、宇佐美である。2人は年代別代表で長い間一緒にプレーしてきたが、怪物FWは他の選手とは関西ノリでじゃれ合うのに、独特のオーラを漂わせる柴崎にはいつも緊張感を持って接していたようだ。

 アルベルト・ザッケローニ、アギーレ両監督時代の日本代表で2人が共演する機会は一度もなかったが、今年3月のヴァイッド・ハリルホジッチ監督率いる新生・日本代表には揃って招集され、ウズベキスタン戦(東京)でついに揃い踏みが実現。その2人が揃ってゴールを挙げたのだから、お互いにとって感無量だったことだろう。宇佐美の代表初ゴールの後、笑顔で抱擁を交わした柴崎から、22歳の青年の素顔が垣間見えた。

「13歳の時からずっと岳とはやらしてもらってますし、先に岳が代表に呼ばれて、代表で点を重ねてるっていうのがあるし、今日も岳が先に取ったんで自分も取りたいなって気持ちにさせてくれましたし。でも岳は点を取っても全くゴールパフォーマンスしなかった。俺、なんか情けないなって、落ち着きないなって思ったんですけど、そこが岳らしいし、僕らしいというか。22歳の世代がらしさを出せた試合かなと思います」と宇佐美が笑いながら語る一方で、柴崎は「若い頃からお互いにやってきてる仲ですので、こういったピッチで一緒にプレーして得点でき、勝つことができて非常に嬉しく思います。まだまだ彼には引っ張って行ってもらわないと困る存在ですし、彼には彼で課題がありますし、僕にもまだまだやらなきゃいけない部分があるので、もっとそういったところに取り組んでいきたいですね」と宇佐美へのリスペクトを忘れなかった。

 遅れてきた武藤とともに92年プラチナ世代トリオは日本代表の中心になりつつある。柴崎には遠藤保仁(G大阪)の後継者として中盤でしっかりとタクトを振るってもらう必要がある。彼の底知れぬ才能が大きく開花するのはこれからだろう。

MF 柴崎岳(鹿島)
1992年5月28日生まれ、22歳。青森県出身。175cm/64kg。野辺地SSS→青森山田中→青森山田高を経て、11年鹿島に加入。

EG 番記者取材速報

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