「仙台は4年間育ててもらった場所。でも、この滅多にないチャンスをつかもうと思った」。武藤がそう言って浦和に移籍してから、半年になろうとしている。その並々ならぬ決意の下、武藤はすでに自身のシーズン最多得点記録(14年の4得点)を塗り替えた。 武藤にとって仙台にはなかったが浦和にはあったモノを考えたとき、外野から見て一つ大きいモノを挙げるとすれば、浦和で新たに与えられたシャドーという働き場所ではないだろうか。
仙台で武藤は手倉森誠、グラハム・アーノルド、渡邉晋という3人の監督の指導を受けた。この時期のポジションは[4-4-2]における2トップの一角、同じくサイドハーフ、[4-3-3]における3トップのサイド、[4-2-3-1]のトップ下だった。特に最初の2年間、武藤は慣れているとは言い難いサイドMFでの練習が多かったが、そんな中でも意欲的に取り組んだ。同ポジションでタイプが近かったドリブラーの太田吉彰(磐田)や関口訓充(C大阪)からも多くのモノを学び、盗もうとしていた。
3年目の13年は無得点と特に苦しい時期だったが、この頃、相手の間でボールを受ける動きの質や、中央のエリアでのスルーパス精度が上がり、それは翌年にトップ下でプレーするときにも生きることとなった。
そしていま、武藤のドリブル、飛び出し、パスなどの持ち味が、浦和のシャドーのポジションで存分に発揮されている。
仙台にとって、武藤の移籍は大きな痛手だった。しかし、いまはまた同じポジションで、新しい人材が育ってきているところだ。そして、浦和では武藤自身が大切な存在となっている。現時点で、本人にとって良い移籍だったと言うことはできるだろう。だが、彼の潜在能力はこんなモノではない。彼がもっと成長することで、浦和にとっても武藤自身にとっても、いまよりもっと“良い移籍だった”と言える日が必ず来るはずだ。(板垣 晴朗)
FW 19 武藤雄樹(浦和)
1988年11月7日生まれ。神奈川県出身。170cm/68kg。FC湘南→武相高→流通経済大→仙台を経て、15年浦和に加入。