苦しんでいた。周りが想像する以上に、大久保嘉は苦しみ、迷っていた。「俺はFC東京に移籍してきて、良かったんやろうか」
思わず口に出た愚痴とも弱気とも取れる一言。それは、彼のチームに懸ける真剣さの裏返しでもあった。
前節・G大阪戦終了後の出来事。悔しさのあまり、脱いだユニフォームを叩き付け、蹴り上げた。その行動は、クラブに関わり、クラブを愛する人たちにはショッキングに映った。
大久保嘉は謝罪した。ただ、実は彼の心の中には、まだ何かが引っ掛かっていた。「正直、蹴り上げたことは良くなかったから謝らないといけないと思った。でも、何て言うんかな…誤解してほしくないけど、俺はあえて悔しさを表に出したんよ。ここに来たときにみんな言っていたのは、俺みたいに意見したり主張したりする選手が今までいなかったということ。俺は負けるとやっぱり心底悔しいし、うまくいかないと自分に腹が立つ。その思いを出して、ここまでやってきた。それが俺のスタイルだから」
行き過ぎた行動だったことは分かっている。彼が気に留めていたのは、自分のマインドがいまのクラブと合うのか否か、だった。
そんな自分の迷い、そして周囲の疑念を解消するべく、このタイミングで何が必要かは重々理解していた。「俺も、チーム、サポーターにとっても、求めるものはただ一つ。フロンターレ相手にゴールを取るしかない」。
有言実行は、試合終了ギリギリのところで実現した。ピーター・ウタカとのワンツーから、川崎F時代、練習で何回も1対1を繰り返してきた名手チョン・ソンリョンを華麗にかわし、左足でゴールに流し込んだ。
いまでも思う。「フロンターレ時代は最高の時間を過ごしてきた」。ただ、あらためてこう語る。「移籍を、FC東京を選んだのは俺」。得点後、ゴール裏に向かって手を合わせて「ごめん」と謝った。サポーターは沸いていた。最後尾のGK林を含めたピッチ上の選手たち、さらにベンチメンバーもみんな駆け寄った。
奇しくも川崎F戦で示された、男のけじめ。それは本当の意味で、FC東京の大久保嘉としての第一歩を踏み出した瞬間でもあった。「良かった。俺はこれからも、思ったことはどんどん言っていくよ」。試合後、サポーターの前で行う恒例の“シャー! ポーズ”。最後の3回目に一番力を込めて拳を高くかざした。痺れるような劇的な結末を演じた男。大観衆は眼前に立つヒーローを、割れんばかりの拍手と歓声で受け入れていた。(西川 結城)