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[PLAYBACK 2018]二人の伝道者

2020/6/8 23:51


小笠原満男と曽ケ端準。
“黄金世代”の同期は、鹿島の伝統を背中で示し続けた。
18年に初制覇したACL、その決勝第2戦で二人は先発から外れている。
ただ、11度目のアジアへの挑戦で成し遂げた、初制覇に彼らは欠かせなかった。
笑顔でトロフィーを掲げた小笠原は、引退を発表した―。
文・田中 滋

積み重ねてきたもの、伝えたもの

11度目にして初めて掲げたトロフィー

 18年は鹿島アントラーズの歴史に残る1年だ。その最たる理由はクラブ全体の悲願だったAFCチャンピオンズリーグの初制覇だろう。
 決勝第2戦が行われたのはイランのアザディスタジアム。昼前からスタンドを埋め尽くした観衆の数は発表だとジャスト10万人。とはいえ、入口ではおよそ入場者数を数えている様子もなく、スタンドを見上げると最上段まで立錐の余地なく埋め尽くされていた。10万1人でも9万9999人でもなく、ぴったり10万人という数は、まるで「数えるのを諦めました」と言っているかのようだった。大声援を受けるペルセポリスにゴールを与えず第1戦のリードを守り、前身であるアジアクラブ選手権を含めて12回目の挑戦で、初めてアジアの頂点に立った。
 表彰式後の二人のベテランの姿は忘れがたい。優勝トロフィーを抱えた小笠原満男は盟友である曽ケ端準とトロフィーを押しつけ合ってじゃれ合い、子どものようにはしゃいでいた。97-98アジアクラブ選手権を除き、ともに鹿島がアジアに進出した11回の大会すべてに参加してきた歴史があった。
「僕ら二人だけではない。ここまでやってきたもの、積み上げてきたものがタイトルにつながった」
 曽ケ端のコメントには積み重なった年月の長さが実感となってこもる。喜びに湧く一方で、付き合いの長い内田篤人のように、小笠原の姿から、試合に出られなかった悔しさをかみ殺した喜びではない、違う何かを感じ取った選手もいた。
 その後、小笠原は引退。超満員のアザディでアジアの頂点に立つことを経験した選手も、半数以上が鹿島を離れてしまった。先発した選手のなかで、いまも在籍しているのはクォン・スンテ、山本脩斗、三竿健斗、レオ・シルバ、土居聖真の5人のみ。

タイトルは日々の積み重ねあってこそ

 しかし、彼らが残したものはタイトルだけではない。ペルセポリスとの決勝2試合も、語り継がれるべき試合だが、それと同等か、もしくはそれ以上の価値を持つのが、その間に挟まれたC大阪、柏と対したリーグ戦の2試合だろう。むしろ、鹿島の真骨頂は、こちらの試合にあるかもしれない。
 ACL決勝と合わせて11日間で4試合を戦う過密日程に備え、大岩剛監督はチームを二つに分けて応対した。主力選手たちはACLに集中させ、リーグ戦は若手と小笠原に託したのである。
「全部勝つ」が口癖だったキャプテンに率いられた“若手チーム”はC大阪に1-0で勝利すると、続く柏との激戦を3-2で制す。それは決して消化試合の類いではなく、燃えるような気迫に満ちていた。
 鹿島が常勝を保つためには、後進にタイトルの味を伝えていくことも大事だ。しかし、タイトルはあくまで結果。日々の積み重ねがあって初めて到達できる場所でもある。小笠原が見せる勝負に対する執念の強さ、曽ケ端が示す準備の重要性、そうしたものがタイトルへとつながっている。
 二人は練習をほとんど休まない。曽ケ端はいまでも、どこかを痛めて途中で練習を引き上げても「ケガしてません」とシーズンが終わるまでひた隠す。彼らが先達から学び、守ってきた姿勢は、これまで多くの選手にも影響を与えた。
 いつでも試合に勝てるわけではない。この年、アジア王者として出場したクラブW杯では、レアル・マドリーに再び挑んだが、まったく歯が立たなかった。ただ、それがまた次の日常へ還元される。
 18年のアジア制覇は、その積み重ねが成し遂げるものの大きさを象徴していた。

EG 番記者取材速報

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