中学時代の成績はオール5。慶応出身のイケメンFWはマインツから世界トップを目指す
5月30日の柏レイソル戦後、クラブ側からドイツ・ブンデスリーガ1部のマインツ移籍が正式に発表された武藤嘉紀(FC東京)。この試合では、自らが得たPKを蹴ろうとした矢先に震度4の地震が発生し、一時的にゲームが中断。微妙な間合いが生じ、集中を欠いてもおかしくなかった。
けれども、わずか1年で日本代表定着と海外移籍という2つの大きなハードルをクリアした22歳のアタッカーはアクシデントに動じることなく右足を一閃。リーグ戦4試合ぶりのゴールで今季J1通算得点数を9に伸ばした。残念ながらシーズン途中移籍が決まり、得点王のタイトルを手にすることは不可能となったが、武藤は「本田(圭佑=ミラン)選手や香川(真司=ドルトムント)選手が海外ですごく結果を出している姿を見て、自分もこういう舞台でプレーできる選手になりたいと思った。これからも何かきれいなことをするのではなく、泥臭くチームのために走る姿を見せたい」と環境が変わっても自分流を貫く考えを口にした。
まさに「時の人」といっても過言ではない武藤だが、彼は地道にコツコツとキャリアを積み重ねてきた選手の典型例と言っていい。4歳の時にバディサッカースクール世田谷に入ってサッカーを本格的に始め、世田谷区松丘小学校2年の時にFC東京・調布柴崎サッカースクールに加入。4年からは選抜スクールにステップアップするなど、幼い頃から貪欲に上のレベルを追い求める子供だったという。
そして2005年、世田谷区桜丘中学校に進学すると同時にFC東京U−15深川へ。この時点ですでにドリブルスキルが非常に高く、よく動き回ってボールをもらう献身性も身に着けていたようだ。しかし、同世代の宇佐美貴史(G大阪)や柴崎岳(鹿島)、宮市亮(トゥエンテ)のように年代別代表に選ばれることは皆無。世界大会の経験もない。10代の頃はとにかく地味な存在に過ぎなかった。
そんな自分の立ち位置をつねに客観視し、サッカーで成功できない場合も考え、勉強にも真面目に取り組んでいたのが、武藤の賢さと言える。中学の成績はほぼオール5。FC東京U−18に上がれない場合には、医者になることも考えていたというから、どれだけ頭脳明晰だったかが分かる。
結局、中学卒業後の2008年にはFC東京U−18に昇格し、同時に慶応高校へ進学。18歳の時点でトップ昇格の話もあったが、「まだプロでやっていく絶対的な自信がない」と本人は慶応大学進学を選択した。その慶応大時代の2012・2013年には特別指定選手としてFC東京の練習に頻繁に参加し、大学4年時にプロ契約を締結。そこからの劇的な飛躍につながったわけだが、慎重に一歩一歩、着実に進んできたからこそ、今の武藤があるのだ。
石橋を叩いて渡る堅実な性格は、今回のマインツ移籍にもよく表れている。イングランドの名門・チェルシーから正式オファーを受ければ、普通の日本人選手なら迷わずビッグクラブ行きを選ぶだろう。実際、アーセナルへ行った稲本潤一(札幌)、宮市らはそうだった。けれども、武藤は彼らが試合に出られず苦しんだ現実をしっかりと直視し、「試合に出られる環境」を最優先に考えた。
FC東京にとっては、高額な移籍金の入るチェルシーの方が金銭的メリットは大きかったはずだ。が、手塩にかけて育ててきた武藤の選択を最大限尊重した。「僕はFC東京というチームで育てられてきた。このチームに感謝したい」と本人が繰り返しこう話したのも、温かく見守ってくれた周囲の配慮を有難く感じたからに違いない。
この1年間で急激に注目度がアップし、「慶応出身のイケメンFW」と世間に騒がれるようになったが、彼には浮ついたところが一切ない。メディアに語るコメントも派手さがないし、つねに謙虚さがにじみ出ている。「武藤は優等生過ぎて、発言が面白くない」と語るメディア関係者も少なくないが、それだけ地に足をつけてプレーにまい進しているということだろう。東京生まれ・東京育ちの今どきの若者とは思えないほど、武藤は地に足がついた男なのである。
このまま欧州で成功すれば、宮本恒靖(現ガンバ大阪U−13コーチ)、長谷部誠(フランクフルト)の系譜を継ぐ存在になるとも言われている武藤。文武両道でスター性も併せ持つ彼には、それだけの大きなポテンシャルがあるのは確かだ。
順調にエリート街道を突き進むためにも、日本代表でレギュラーを獲得し、マインツでも先輩・岡崎慎司を超えるほどのインパクトを残してほしい。武藤の年齢であれば、マインツである程度の結果を出せば、かつての香川がマンチェスター・ユナイテッドへ引っ張られたように、ビッグクラブへのステップアップも十分あり得る。そういう意味でも、今後の一挙手一投足が楽しみだ。(元川悦子)
FW 武藤嘉紀(FC東京)
1992年7月15日生まれ、22歳。東京都出身。178cm/72kg。バディSC→FC東京U-15深川→FC東京U-18→慶應義塾大を経て今季、FC東京に加入。