Eスタ全体が佐藤のJ1・J2通算200得点目のメモリアルゴールを期待していた。試合前日にクラブスタッフは一万人前後の観客を予想していたが、それを上回る12,286人が駆け付けたのはJリーグ史に刻まれる快挙を目撃したかったからに違いない。「今日は本当に周囲の期待を感じていたので、その期待に応えることができてホッとした気持ちのほうが強かった」。佐藤は試合後にそう言って安堵していたが、森保監督が語ったように「本当に勝負強い」。しかもハットトリックという大盤振る舞いだ。期待を裏切らないばかりか、期待を上回った。だから佐藤のゴールは人々の心に強く刻まれるのだろう。すでに広島のレジェンドであり、数々の記録を打ち立ててきた。記憶に焼き付いている貴重なゴールも数知れないが、また一つ語り継がれる伝説が生まれた。2015年6月20日、佐藤は“ぶち”すごかった。
2000年に市原ユースから昇格。2年目にリーグ初ゴールを記録したが、出場機会を求めて02年はC大阪でプレーし、03年には仙台へ移った。「プロで活躍できるのか」を自身も疑心暗鬼になっていた時期。当時、仙台でチームメートだった森保監督は「ギラギラ感があって、ゴールへのどん欲さがすごくあった」と当時の印象を語り、こう続けた。「それは、いまも変わらない」。
05年に広島へ移籍し、今季で11シーズン目。佐藤は33歳になった。紫のユニフォームに袖を通して奪ったゴールは119を数えるが、ギラギラ感が枯渇することはない。「いかにチームメートとゴールを作り上げていくことができるか。まだまだ学ぶべきことはたくさんある」。202得点となったこの日、佐藤はすでに次のゴールを求めていた。今後、Jリーグ史に200得点を刻む選手が現れるだろうか。「現れてほしい。でも、海外に行く選手も増えると思うから(難しいかもしれない)。僕もここで立ち止まらず上に行きたい。ハードルを高くしたい」。悪戯っぽく笑った佐藤は、これからもゴールを積み上げていくだろう。「毎試合、寿人さん(佐藤)を見に来る価値はある」(青山)。期待していい。きっと佐藤は期待に応えてくれる。(寺田 弘幸)