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その名を刻んだ男たち2015 MF 13 鈴木 啓太(浦和レッズ)インタビュー①

2015/12/23 16:05


聞き手:菊地 正典 写真:宇高 尚弘 取材日:12月6日(日)

“ 浦和レッズの鈴木啓太”で終わりたかった


鈴木啓太を育てた二つのサッカー王国

―引退を表明した理由についてあらためて聞かせてください。
「まず浦和で(現役を)辞めたいというのは、“辞めたい”というよりも“浦和で”というのが最終的には一番大きなことだったのかなと思います。引退するに当たって自分のコンディショニングであったり、それでもサッカーを続けるのかどうかということも含めていろいろと考えたのですが、やっぱりここ(浦和)で辞めたいなというのが一番の理由です。引退というのは必ずいつかはしなければいけないですけど、時期であったり、場所であったり、それが大きかったですね」

―サポーターや雰囲気などいろいろな要因があると思いますが、そこまで強い浦和への思いは16年間在籍してどんなところにあったのですか?
「浦和はプロに入るきっかけをくれたクラブです。ただ、僕は静岡の清水市(現・静岡市)出身なので初めは静岡への愛情とか清水への愛情というモノが強くあったんです。浦和に入ることが決まり、イメージ的には(当時は)強くないクラブというか。でも、その中でサポーターのみんなの思いが、自分がプレーしていく中でどんどん大きくなっていきました。知らない間に僕は浦和の人間になっていたという感じです。ずっと自分たちが“サッカー王国”と言われる静岡、清水という場所でやってきたので、プライドも下手なりに持っていたんですけど、それがだんだん静岡、清水と言われてもピンと来なくなってきた自分がいるんですよね」

―それは何年目ぐらいからですか?
「知らず知らずにですね。いつの間にかそうなっていたというか。もちろん職業なので人からも、『浦和レッズの鈴木啓太さんです』と言われるようになって、ただ単にサッカーチームの一員としての自分の肩書きみたいなモノだと感じていたのが、何か『静岡出身なんです』と言ったときに『あ、そうなんですか? サッカーどころですよね』くらいの感じになっていって、“浦和の鈴木啓太”というのが世間にも少しずつ認められていったと思います。サポーターだけではなくてクラブとか、街とか、自分の肩書きとか、そういったモノでいつの間にか浦和の人間になっていました。それが原動力というか、自然な自分の肩書きとしてどんどん入ってきてしまったような感じですね」

―それはほかでもない“浦和だったから”ということも大きかったんでしょうか?
「もちろんどのクラブにもいろいろな形の愛情があったり、いろいろと支えてくださっているサポーターの方、地域の人、それからスポンサーとか、たくさんいると思うんですけど、やっぱり僕は、浦和は特別だと思うんですよね。もちろん、そこでなぜ自分が入り込めたのか、そうなっていったのかは、やっぱり静岡と似ているところもあったりするんだと思います。サッカーの街で、みんなサッカーが好き。もちろんサッカーが好きじゃない人もいると思うんですけど、でもほとんどの方が週末に向かってサッカーの話をしているような街です。清水にいたころにそういう環境で育ちました。特に高校サッカーとかに重きがあって、『どこどこの高校が今年は良いらしい』みたいなことをおじいちゃんたちが話しているわけです。で、ウチのおじいちゃんも清商(清水商高)、いまは清水桜が丘高ですけど、その近くに住んでいたので自転車で行って、金網越しに見ているんですよ」

―高校の練習を?
「高校の練習をです。全然関係ないんですよ(笑)。(静岡は)そういう感じなんですよね。そういう場所と浦和が…、お互いに『違う』と言うでしょうけど僕は両方経験して、それを比較してみると似ているなというのが僕の印象です」

―熱が同じという感じ?
「そうそう。熱が一緒ですね。街全体のというか、色は違いますけど『同じような匂いがする』みたいな(笑)」

―サポーターも浦和と清水は敵対心というか、お互いにサッカーどころのプライドがあってライバル心がある気がします。
「そうでしょうね。『浦和はサッカーの街だ』という雰囲気もあるし、実際にそうですよね。でも僕は静岡から浦和に来たときに、当時はまだ静岡の血が色濃く入っていたので『いや静岡でしょ、サッカー王国は』と思っていました。でもいまは『浦和のほうがサッカー王国なのかな』と(笑)。分からないですけど、もちろん清水もそうだし、だから同じような感じなんですよね」

サポーターは家族のような存在

―ほかのチームで現役を終えたあとに浦和に戻ってくることもできたと思いますが、それを選ばなかったのはそれだけ浦和に特別な思いがあったからですか?
「どちらにしてもいつかはサッカーを辞めるわけですけど、選手であればできるだけ長くやったほうがいいだろうし、続けることや辞めることはできても、辞めてからもう一度やりたいということは基本的にはできないわけではないですか。だから『迷っている状況だったら、とりあえずやっておけば』という方法もあると思うんです。でも、僕はそこで自分の生き方として、やり方として、そういうふうにはやってこなかったですし、自分の哲学と浦和への愛情というモノを客観的に見たときに『やっぱりここで辞めるべきだろうな』と考えました。ただ、『じゃあ来年から生活どうするの?』ということもあります(笑)。たとえば2年間だけでもほかのチームに行けば生活は保障されるわけですよね。そういう形もあるけれど、でも僕のやり方は違うという中で、やっぱりこのクラブで終えるのが自分のやり方とマッチしたのかなと思います」

―それは鈴木啓太という選手として、引き際はスパッといこうと決断したということ?
「ただの鈴木啓太ではなくて、“浦和の鈴木啓太”として。これだけ長くやらせてもらえればそういうイメージもあるでしょうし、僕のプロとしてのサッカー人生というのは結局、浦和で始まりここまで長くやらせてもらってきました。これからほかのチームに行ってそこから貢献できることも、もしかしたらあるのかもしれないですけど、何て言うんですかね…。“浦和レッズの鈴木啓太”で終わりたかったというのがもしかしたらどこかにあったのかもしれないですね。僕個人として、客観的に鈴木啓太という人間を見たときに、『浦和レッズで終わってほしい』というような気がします。自分のことだからおかしな文脈になるんですけど(笑)」

―それだけ愛する浦和の魅力とは?
「やっぱり熱気ですね。熱量。それが良い方向に向くときもあるし、悪い方向に向くときもやっぱりあります。熱量が大きければ大きいほど、人が多ければ多いほどいろいろな形で表れてしまう場面があると思うんですけど、でもやっぱり僕はサッカーというのはエンターテインメントだと思っています。そこにいろいろな人たちの思いが乗ってピッチの上で選手が戦うわけです。そこには目には見えないけれどすごい熱量、熱気があって、そういうのが“This i s 浦和レッズ”ですよね。だから何て言うんだろうな、夢のような空間なのかなと思います」

―その重圧は?
「大変ですよ、浦和レッズというのは。ものすごく(笑)。だから現実的な話、さっきの熱気という部分で、自分もすべてが完璧にできた人間ではないので、サポーターにイラつくこともたくさんあったし、『なんだよ、お前たち』と思うことも山ほどありました(笑)。でも、『それが浦和レッズなんじゃないの?』と僕は思うんです。そう思わないといけないし、そこでサポーターとぶつかって『見てろよ!』みたいに思えないといけません。それぐらいの選手でないと、このクラブではやっていけないのではないかなと思います。だから『結果を出したぞ、文句はあるか』みたいなところはこのクラブの色ですよね。お互いがお互いの熱をぶつけ合うというか」

―親族みたいな感じですか?
「家族みたいなモノです。たぶん年上の人であれば、自分の息子みたいな感じに思っている人もたくさんいるだろうし、戦友と言ってくれている人もたくさんいます。僕はどちらかと言うと家族っていうような感じですね。殴り合いとかまではさすがにしないですけど(笑)」

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