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その名を刻んだ男たち2015 MF 13 鈴木 啓太(浦和レッズ)インタビュー②

2015/12/23 16:02



加入前の駒場の熱気。忘れられない風景

―浦和の選手に鈴木選手のことを聞くと11年に主将だったときのことを話す選手が多いのですが、あの年はやはり難しい時期でしたか?(※浦和はこのシーズン、残留争いに巻き込まれ最終節にJ1残留を決めた)

「キツかったです。何をやってもうまくいかないし、もちろんいろいろなことを変えようと思ったけれど、一度ハマっちゃうとなかなか抜け出せませんでした。でもそこで何とか踏ん張らないといけませんでした。自分は浦和がJ2の時期に加入しましたけど、やっぱりあの大変さとか、前年のフクさん(福田正博氏)のVゴール(※)とか。今までやってきたこと、先輩たちが受け継いできたこと、良いことも悪いことも全部ひっくるめて、『ここで踏ん張らないといけない』ということが11年はありましたね。苦しかったです。自分が主将をやっていて、かいかぶるつもりはないですけど、『自分のやり方が良くないのかな?』とか、いろいろと考えましたけど、とにかく自分個人のことではなくて『このチームを絶対にJ2に落としちゃいけない』という思いでやっていました」

※最終節でVゴールを決め、勝利を喜んだ味方が抱きつきに来たが、福田氏は延長戦で勝利してもJ2降格になることを理解していたので、それを振り払った。

―そこからJ1残留ができた要因は何かあったのでしょうか?
「生活を整えることです。僕はそこからもう一度スタートしたというか、ロッカールームの中というのはそのときの選手たちの雰囲気が出るんですよね。規律とかそういったモノはものすごく大切なことで、それをもう一度、『自分たちはいまどうなんだろう?』というところを生活の部分から見直そうと思いました。『そうなる前に気付けよ』という話なんですけど、やっぱりそういう状況だとなかなか気が付かなくて…。だからまず生活を整えるということは、どんなことにおいても共通することなのかなと思います。習慣が(プレーに)出るじゃないですか。結局はそこで何とか踏ん張って次の年からミシャ(ミハイロ・ペトロヴィッチ監督)が来ていろいろなことを変えてくれて、基礎を作ってくれたということがあります」

―これは本当に忘れられないというシーズンや試合はありますか?
「06年、07年はやはり良いシーズンだったと思います。サッカー自体は、素晴らしいサッカーをしていたかと言われればそうではないかもしれないですけど、やっぱり強かったです。負ける気がしなかったですから。自分も多分、一番体が動いていた時期だと思います。ただ、逆に『否定したい自分がいる』というのも変なんですけど、『そこに浸っていてはダメだ』というのは常に思っていました。『一番良かった思い出は?』と聞かれれば、それはリーグ優勝してアジアも獲った06年、07年なんですけど、そこが一番良いって思いたくない自分もいるんですよね。これは不思議な感覚なんですけど。良いシーズンだったとは言えます。でも何か否定したいという自分がいるんですよ(笑)。でも、(忘れられないという意味で)いま思い浮かんだ光景は、ここ(大原サッカー場のサポーターズカフェ)に駒場の模型があるからかもしれないですけど、加入する前に駒場に試合を観に行ったんですよ。もう浦和に加入することが決まっていて、親と一緒に観に行ったんです。その試合は勝ったのか負けたのか引き分けだったのか、ジェフ相手だったかな?残留争いをしていて、でもすごい熱気で。『(自分も)このスタジアムでやるんだ』という最初のインパクトは大きかったですね。そういう意味では、中にいるときよりも外にいたときのほうが、忘れられないという思いは強いかもしれないです。憧れというか、『ここでやりたい!』、『このスタジアムで、このチームの中に入ってやりたい』と思って、次のシーズンからそれを実現できるチケットを手に入れていて、そのときの強い思いはすごく残っています」

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