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その名を刻んだ男たち2015 FW 32 鈴木 隆行(ジェフユナイテッド千葉)インタビュー③

2015/12/23 18:00



夢見ていたシーンの中で

--そういった意味では、レッドスター(セルビア)やゲンク(ベルギー)でプレーした経験は大きかったんですね。
「代表でプレーしたときに、自分は海外の選手との対戦に慣れていないと痛感しました。国内リーグでプレーをしていても、全然プレーは変わっていきません。このままではダメだ、大舞台で活躍するためには海外の選手がいるところでのプレーが必要だと感じていました。だから欧州へと渡ったんです。(世界の)トップを目指すのであれば、海外でやらないといけない。いくら国内リーグでやれたとしても、何の評価にもならないし、基準にもならないし、自信にもならない。海外で通用して初めてサッカー選手として“やれた”ということになる。フィジカルコンタクトがキツいところで競り負けず、なおかつ結果を出さないといけないという状況に自分を追い込んだんです」

--実際に向こうのコンタクトはキツかったですか。
「当たりの強さは全然違います。向こうには『自分が活躍する』という強い気持ちを持った選手しかいませんでしたし、その中で競り勝っていくというのが、ものすごく大事なことだと思います」

--そんな海外での一番の思い出は何ですか。
「引退会見でも話しましたが、発煙筒が焚かれて、紙吹雪が舞っているスタジアムで試合をできたことです。本当にこの瞬間のためにサッカーをやってきたんだなというふうに感じました。ベルギーのときは小さなスタジアムでしたが、雰囲気は最高で、スタンドも満員。それは小さいころから夢見ていたシーンでもありました。小学校のころから『ダイヤモンドサッカー(※)』で、そういう風景を見ていたので、そんな雰囲気のスタジアムでプレーすることが夢でした」

(※)『三菱ダイヤモンドサッカー』は68〜88年、93〜96年にテレビ東京系列で放送されていたサッカー番組。当時は世界のサッカーを目の当たりにできる数少ない番組だった。助けるつもりが助けられて


--その後、米国でもプレーしましたが、11年の東日本大震災後に水戸でプレーすることを決断されました。
「もともと、震災が起きる前に米国から帰って来ていました。でも、すぐに向こうに戻るつもりでビザも取っていましたし、コーチの勉強を始めようと思っていました。でも、震災が起こり、何もしないでこのまま向こうに行ってしまうのはイヤだなと。日本に残りたいと思いました。そして、自分が力になれることを探しました。自分はサッカーをすることしかできないので、現役を続けることにして、どこでプレーするかとなったときに地元でやることを一番に考えました。そこから、当時、水戸の監督だったテツさん(柱谷哲二/来季より鳥取監督)が拾ってくれて、現役を続けることになりました」

̶̶最初はアマチュアでの契約を選択しましたが、そのときの心境を教えてください。
「自分は半年間も練習をしていませんでした。チームの助けになろうと思っているのに、練習もしていない選手がお金をもらって試合で活躍できませんでしたとなれば、おかしなことになってしまう。自分自身で選手としてやれる自信がなかったんだと思います。だから、1年目だけはアマチュア契約で、2年目からはプロ契約にしてもらいました」

̶̶実際に地元のクラブで4年間プレーしてみて、力になれたなという実感はありましたか。
「喜んでくれる人はたくさんいたのですが、逆にたくさんの人に助けてもらい、協力をしてもらって、自分はプレーしているんだなと気付かされました。助けになりたいという思いから水戸というチームに入ったのに、たくさんの人に助けられていることを実感しました。震災で苦しんでいる人に何かを返したいのに、逆にもらっているような状況でサッカーをやっていたなと。今までそのようなことを考えたことはなかったので、深く感じるモノがありました」

高いレベルでプレーできる環境を

--そして今季は千葉でプレーし、引退ということになりました。最後にご自身のサッカー人生を振り返ってみて、あらためて感じることはありますか。
「引退会見でも話しましたが、本当に苦しいサッカー人生でした。でも、常にそれを乗り越えて成長してきました。そのおかげで、自分の人生が深くなり、濃くなったと思います。そのような経験を積める人間はなかなかいません。苦しかったけど、本当に幸せでした。それがすべてです。この人生で良かったなと思っています」

--どんな指導者になりたいですか。
「自分みたいな泥臭いプレーに、華麗さを加えた選手を育てていきたいです」

--以前は自分みたいに苦しい思いをさせたくないとも話していましたが。
「別に真似をしてもいいですよ。その経験は選手が終わったあとにこそ役に立つと思います。自分も現役のときは自分の経験が役に立ったとは思わなかったけど、これから本当に役に立ってくるんだと思います。僕はこの世界でいろいろな経験をしました。そういう中で徐々に、自分たちみたいな経験のある元選手が、若い選手に多くのことを伝えていかなければいけないと感じるようになったんです。サッカー選手は人生を懸けているし、家族だって養わなければいけない。いまの若い選手のためにも、より高いレベルでサッカーができる環境を作る必要があるんです」

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