Photo: © Atsusi Tokumaru
指導者として、J1を経験したい
--今後については。
「家のある、群馬のGKコーチに就任します」
--群馬には直接、履歴書を送ったと耳にしましたが?
「そう、履歴書を自分で書きました。引退宣言してから、Twitterなんかで騒がれてるのを妻が見ちゃって、『大丈夫? 仕事ある?』って言われて。そりゃそうですよね。浸ってらんねえや、となりました。運命的にも群馬の監督が鳥栖時代にお世話になった服部(浩紀)さん。鳥栖時代は金魚のフンみたいに服部さんに付いて、いろいろなことを経験させてもらいました。普通は引退してすぐにGKコーチなんてなれない。京都のGKコーチをやっている平井直人くんとも『やっぱり育成を経験しなきゃ、トップのコーチはやっちゃダメだよね』と話していました。まあ日本代表に入っているような経験があるからいいと思いますが、オレみたいなJ2までしか経験してない選手がいきなりトップのGKコーチになるというのは、やっぱり奈良クラブで育成をやって、トップのコーチもやれたという経験が大きかった。本当に恵まれていました」
--群馬に招かれた経緯は?
「15年の国体で、GKコーチとして参加した奈良県代表が3位になりました。奈良県のサッカーのレベルは、正直低かったんですが、なんとか3位に。そのときに群馬のGMや群馬の選手がいる群馬県代表とも対戦したのですが、オレがベンチでピッチの選手とともに戦っている姿を見ていてくれたみたいです。奈良県代表はベンチメンバーで円陣を組みます。普通はレギュラー陣が試合前にピッチで円陣組むだけですよね。でも、オレたちはそのあとにベンチの人たちだけで『勝つのはどっちだ! オレたちだ!』みたいな感じで声を掛けて(笑)。『いいか! ベンチのヤツらが勝たせるんだ!声出していくぞ!』とオレが声を出して盛り上げました。入場していくスタメンの選手たちが『アイツらすげえな』って笑っちゃうくらいに。そういうのを見ていてくれたみたいです。これも、全試合ベンチだった横浜FC時代の2年目の経験が生きています。やっぱりベンチが戦っているとチームが一つになる。奈良が14年に地決を勝てたのは、ベンチのみんなが一つの目標に向かって戦っていたから。当たり前のことだけどなかなかできることではありません」
--指導者としての目標は?
「僕はJ2までしか行っていないので指導者としてJ1に行きたいですね。GKだけでなく、チームを強くしたい。『GKが安定していれば、チームも強い』ってカズさんもずっと言っていたけど、本当にそのとおりだなと。後ろがしっかりしていれば安定する。本当に難しいですがね。今までは、自分でプレーできたのに、今度は見守るしかない。日々の練習がどれだけ大事かというのを奈良で経験できたので、生かしていきたい。『ザスパ、残留大丈夫ですか?』と心配されるけど、そこだけは阻止したいし、本当に、チームを強くしたい。セットプレー守備も任されると聞いています。それは奈良クラブでもずっと監督に任されてきました。試合でプレーしながら、相手の交代を見て、ウチの交代も見て、『ヤバいぞ。ウチの平均身長下がってきたぞ。じゃアイツをあの選手に付けて』と考えて決めていた。いい経験でした。GKコーチとしても、国体では冷静に指示を出せました。壁の枚数の伝え方も勉強になりましたね。オレは指を2本立てて、『しっかり2番(の選手)に付け!』と伝えてるつもりなのに、ピッチ内の選手に壁の枚数だと勘違いされたり。Jリーグでやるとなると、観客の声援もすごいから、伝え方も意識してやっていく必要があります。群馬でも、みんなの一体感を意識して、“GKファミリー”を作っていきますよ!」