Photo: Atsushi Tokumaru
勝負のシーズン、飛躍を誓って大阪へ
球際で激しく当たることを求めたトニーニョ・セレーゾ前監督からは冷遇されたが、アグレッシブにボールを奪うことを求めた石井正忠監督の下で昨季途中からボランチに転向。長い足で相手がキープするボールを死角からつつき、歩幅の長さはそのままインターセプトできる範囲の大きさを示す。
中盤に186cmの選手がいることは、まるで最終ラインから飛び出した“出城”のようだった。16年は、さらにその存在感を増していくのかと思われたが、山村和也は移籍を決断した。
これまでも数多くのクラブから移籍を持ちかけられていた。それでも山村は「このクラブで」と、深紅のユニフォームを着続けることを選び、あくまで鹿島で実績を積み上げる決断を下してきた。頑固に自分の意思を曲げようとしない姿は、まさに初志貫徹と言えるモノだった。
しかし、大卒選手には時間がない。「実績を残して海外へ」という夢を持つ山村にとって、柴崎岳の移籍に備えて永木亮太を新たに獲得するというクラブの決断は、進退を見極めるタイミングであることを告げていた。
「これまでの4年間の経験とチームでの立ち位置を考えた上で他クラブへの移籍という結論に至った」と語り、鹿島に別れを告げた山村。その周囲には、いつも独特の空気が流れており、良い意味では動じないモノを感じさせたが、悪い意味では勝負に懸ける意欲に物足りなさがあった。しかし、今季を自ら“勝負のシーズン”と位置付けている。
「勝負のシーズンにおいて移籍先でしっかりと結果を残し、応援してくださる方々に評価していただけるような選手に成長したい」 大阪の地で飛躍を誓う。
山村和也(やまむら・かずや)1989年12月2日生まれ。長崎県出身。186cm/80kg。国見中→国見高→流通経済大を経て、12年に鹿島に加入した。ボランチとCBの両方をこなすことができる。大学時代に10年南アフリカW杯のサポートメンバーとしてチームに帯同。12年のロンドン五輪メンバー。J1通算63試合出場4得点。