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1on1の達人、決意を秘めてJ2へ
15年9月15日。二つのカップタイトルが消滅し、傷心に暮れていたこの時期、西野朗前監督が一人の選手を呼び寄せ、長時間話し込んでいたことがある。
「本多(勇喜)は4バックの左SBも3バックの左CBもできるし、4バックの真ん中もやれる。だから『お前を成長させてあげられなくて俺は本当に申し訳ないよ…』と。だって、代表に入ってもおかしくないのにと俺は思うけど」
チームにけが人が続出したこの2年間、世代交代を託されていた指揮官は、本多をさまざまなポジションで起用し続けた。昨季は3バックの左CBと左ウイングバック、4バックの左SBでプレーしており、そのたびに新たな悩み、攻撃面の課題に直面していた本多だが、期待しているからこそ、指揮官は「いろいろなポジションをやらせてすまん」と頭を下げた。
14年は33試合、15年も29試合にリーグ戦では先発出場。自分より大きな相手にも競り勝ってしまう身体能力。本人も絶対の自信を秘める1対1の対人能力。こと守備における指揮官の信頼は絶大で、本多もまた、ちょっとやそっとの負傷で出場を固辞することはなかった。決して口数が多いほうではない本多だが、その姿勢からは、主力としての自覚が確かに表れていた。10月、「この2年をコンスタントにやったメンバーは間違いなく成長していく。来年は変わると思う」と言ったのは、退任の決まった指揮官だった。
最終的に名古屋を離れる決断を下した本多だが、カテゴリーを移すからこそ、秘めるモノがある。この2年があるからこそ、主力の自覚も強くなる。「京都サンガF.C.がJ1に昇格できるよう、強い決意を持ってシーズンに臨みたい」
西野チルドレンの一人にして、西野監督最大の秘蔵っ子。正真正銘の主力として、飛躍を誓う。(村本 裕太)
本多 勇喜(ほんだ・ゆうき)
1991年1月2日生まれ、25歳。愛知県出身。172cm/65kg。岐阜VAMOS→名古屋U18→阪南大を経て、13年に名古屋に加入した。J1通算67試合出場1得点。