Feature 特集

新天地に懸ける男たち GK 権田 修一(FC東京→ホルン)

2016/2/8 6:00


Photo: © J.LEAGUE PHOTOS

必然の別れ。いつかまた東京に貢献するために

 ここでは語り尽くすことができないほどの葛藤が、権田修一の胸には常に去来していた。昨季、突然チームから姿を消した守護神は今季、10代のころからプレーしてきた青赤を離れた。

 なぜオーストリアという欧州中堅国の3部リーグを選択したのかといった理由は、少し横に置きたい。ファンやサポーターが知りたいのは、なぜ、愛着のある場所から離れる必要があったのかということだろう。

 それは権田自身の、嘘偽りのない選択だった。彼は昨年7月末以降、公式戦から遠のいていた。6月に行われた日本代表のW杯アジア2次予選・シンガポール戦(0△0)でベンチ外となったことで味わった、屈辱感。それはそのまま、日々における自分自身への喪失感へとつながった。「あのころからですね、気持ちと体のバランスが保てなくなってしまったのは。東京を離脱したときには、もうサッカーをやりたくないとまで思っていた」。権田は一度、完全に“燃え尽きて”しまったのだった。

 周囲の支えもあり、秋ごろに一度はチーム練習に合流した。しかし権田は当時を「チームに迷惑はかけられない。でも正直しんどかった」と振り返る。案の定、まだ戦えない状態の彼は再離脱。初めはチームの戦術や練習など、自分以外の要素に不満や原因を見いだそうとしていた。しかし、紆余曲折の間、権田は少しずつ冷静さを取り戻し、結論に至った。

「結局は自分の成長の仕方が分からなくなったから。周りに甘えていた。プロとして10年間東京でプレーして、このタイミングで環境を変える必要があった。東京にはいつかまた貢献したい。でもずっと環境を変えずに、物事も見方も変えられずにあそこでプレーしていたら、人間としてもダメだったと思う」

 オーストリア・ホルンの冬空の下で、東京に思いを馳せることもある。しかし、辛く厳しい経験をした権田には、大きな変化が必要だった。彼は言う。「別れは、必然だった」と―。(西川 結城)


権田 修一(ごんだ・しゅういち)
1989年3月3日生まれ、26歳。187cm/83kg。東京都出身。FC東京U-15→FC東京U-18を経て、07年にトップチームに昇格。09年に先発の座をつかむと、リーグ戦全34試合にフル出場。同年、日本代表に初選出される。12年にはロンドン五輪代表の守護神として日本のベスト4進出に貢献。14年のブラジルW杯メンバーにも選出された。国際Aマッチ通算3試合出場。J1通算183試合出場。J2通算20試合出場。

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