Photo: Norio Rokukawa
リオ五輪出場へ。いまこそ殻を破るとき
ユースから6年間、新潟でプレーした生え抜きが、自らを成長させるため、初めて移籍を決断した。 地元では常に突出した存在だった。年代別の日本代表としてU-15立ち上げ時から選ばれ、11年のU-17W杯ではベスト8進出に貢献。そこで右SBにコンバートされたのを機に、新潟ユースでも攻撃的SBとして活躍。3年次には2種登録選手として天皇杯2試合に出場した。
13年には同ポジションの先輩・酒井高徳の背番号24を受け継ぎ、トップチームへ昇格。ルーキーらしくガムシャラなプレーで先発も勝ち取った。
だがDFとして失点に絡む怖さを知ると、徐々にプレーが消極的になり、出場機会も減少。14年には松原健が大分から加入し、ポジション争いで後手に回った。15年はレギュラーに返り咲くも、勝利に貢献できず、不完全燃焼を味わった。
人見知りでやさしい性格が、プロでは枷になった。ピッチでもあまり声を出さず、淡々とプレーしているように見えてしまう。失点を恐れるあまり、持ち味の攻撃力が発揮できないことも多かった。柳下正明・前監督にも「体を動かすのは心。気持ちを強く出さないと戦えない」と叱咤され続けた。
そんな川口に変化が表れたのが、昨年9月。右SBを舞行龍ジェームズが務めるようになった直後の、紅白戦でのことだ。川口は左SBに置かれ、右SBは舞行龍でスタート。途中、舞行龍に交代が言い渡されたが、代わりに投入されたのは、長期離脱から復帰したばかりの松原だった。思わず「なんで!?」と大声が口を突いて出た。大人しかった川口が、強烈なライバル心とプライドをむき出しにした瞬間だった。
その秘めた熱を、新天地・清水で爆発させているだろうか。『リオ五輪出場』という目標を叶えるためにも、遠慮をしている時間はない。だからこそ、いまが殻を破るチャンスでもある。その成長は、清水のJ1昇格にも、新潟と日本サッカーの未来のためにも、必要になるはずだ。(野本 桂子)
川口 尚紀(かわぐち・なおき)
1994年5月24日生まれ、21歳。177cm/72kg。新潟県出身。長岡ビルボードFC.JY→新潟Y→新潟を経て、今季清水に期限付き移籍で加入。各年代の日本代表に選出された経験を持ち、U-23日本代表として、リオ五輪出場を目指す。J1通算61試合出場。J3通算7試合出場。