Photo: Norio Rokukawa
その瞬間、練習場の空気が凍り付いた。西の厳しい言葉に、いつもなら黙って聞くだけの土居が応戦。普段とは違う姿が、チーム全体の空気を変えた。遠藤がその瞬間を振り返る。「今週の練習は、みんなが言いたいことを言った。そういうのがちょっと喧嘩っぽくなったりもしたけれど、それをみんなで良い方向に持っていけた」
チームは危機的状況に置かれていた。代表勢を欠いたナビスコカップでは2連敗。特に、神戸戦(第2節・1●4)は軽いプレーの連続で、シーズン前の「3冠を狙う」という言葉は空虚に響く不甲斐ない内容だった。だからこそ、川崎F戦までの1週間は特別だった。「間違いなく1stステージの中では一番重要」と感じていた西は「僕は良い意味で吹っ切れた。思ったことは全部言っていく。実験です」と話した。意図して蒔いた火種はチーム全体に燃え広がる。果たして、鹿島はあるべき姿を取り戻した。
ただ、勝つことはできなかった。試合後、火付け役の西に笑顔はなく「最低限」という言葉を繰り返す。「戦争に行くのに戦える選手がいなければ勝てない。今日は、その最低限のところはやれていた」
かつて、鹿島には味方同士で厳しく要求し合う雰囲気があった。しかし、世代交代が進むうちにその姿勢は薄れていく。ベテラン選手が叱責するとシュンとしてしまう若い選手たちの姿に、厳しい言葉よりも褒める言葉が多くなっていた。西も気付いたことはあっても言わずに来た選手の一人。だからこそ、ある選手の姿を思い出す。「いまになって岩政さん(現・岡山)のすごさが分かった。優しかったと思う。言われるほうも言われた瞬間はイヤかもしれないが、言ってあげないと分からない」“言われる方”の土居は「相手のゴールに向かうことだけを考えていた」と、見違える姿勢を示した。だが、それがゴール前での力みを生んでしまう。同じく決定機を外した遠藤と異口同音に「力が入り過ぎた」と省みた。
言われる選手が幼かっただけではない。言えない選手も同様に幼かったのだ。しかし、チームはそれを受け入れられる段階に達し、眠れる10番にも引火した。この傾向は悪くない。 (田中 滋)