14日に起きた“前震”の被害も小さくはなかった。しかし、J2第8節・京都戦は予定どおり行われることが決定。15日午後、話を聞いた益城町出身の3選手(森川泰臣、上村周平、嶋田慎太郎)の表情には困惑も見られたが、降りかかった困難を乗り越える覚悟を共有して、チームは翌16日、京都入りする予定になっていた。
しかし16日未明、再びの烈震が熊本県全域を襲う。後に“本震”となったM7.3の揺れだ。誰もが恐怖におびえた夜が明けると、穏やかな暮らしと何気ない日常、そしてサッカーに彩られるはずの週末は、様変わりしていた。
練習できる状況にはなく、チームは4月20日まで活動休止(その後チームは5月2日に全体練習を再開することを発表)。選手の約3分の2は県外に一時避難し、熊本県内にとどまった9選手も避難所暮らしや車中泊を余儀なくされた。
そんな中、人脈と行動力を生かして支援物資集めに奔走した巻誠一郎をはじめ、避難所に身を寄せる選手もボランティア活動に取り組んだ。19日には、益城町の避難所でサッカー教室を開き、子どもたちが少しでも笑顔になるきっかけを作るとともに、「逆に元気をもらった」(畑実)。
リーグ戦への復帰は5月15日のJ2第13節・千葉戦に決まった。Jリーグ側からは、不安を払しょくするために家族も含めて県外へ一時拠点を移すことも提案されたが、選手は熊本に残り、“ここで”立ち上がることを選んだ。
「みんなが熊本に残って、熊本のために何かをしたいと言ってくれた」(巻)。全国のサッカーファミリーから多くの支援や励ましが寄せられる中、「自分たちに何ができるか」を考えた末の決断である。
大地が揺れ地表が割れても、しっかりと根を張った樹々なら倒れることなく夏には青々とした葉を茂らせ、厳しい冬を越え次の春を迎えれば、また芽吹いて花を開かせることができる。
ロアッソ熊本は、多くの愛情を受けてこの地に根を張った1本の樹。クラブ理念の実現という果実を還元するまで、ちょっとの傷で倒れるわけにはいかない。(井芹 貴志)