Photos: Norio Rokukawa
震災を経験して感じた強きJリーグの絆
のちに“前震”となった最大震度7、M6.5の揺れが起きたのは、4月14日21時26分のこと。スマートフォンの履歴を見ると、直後から「無事ですか?」、「大丈夫ですか!?」というメールが届いている。
差出人はいずれも、Jリーグの取材を通じて知り合った同業のライターや編集者の方たち。特に5年前の東日本大震災を経験した東北、北関東、首都圏に住む方からのものが多く、「まずは浴槽に水を溜めて」といった的確な助言や温かい気遣いの言葉は、本当に私を励まし、そして勇気付けてもくれた。
16日未明に起きた“本震”がさらに大きな爪痕を残し、その結果、熊本は約1カ月にわたってリーグ戦を戦えない状況に陥る。だがそうした苦境に手を差し伸べてくれたのもまた、全国のJの仲間たちだった。
各クラブの選手やチームスタッフによるスタジアムでの募金活動、それに応じてくれたサポーターの方々からの浄財、熊本と九州へ向けたメッセージが記された数々の横断幕、さらには支援物資の呼びかけと提供、そして熊本への輸送や現地入りしての仕分けまで。あらゆる場所、さまざまな手段で、真の意味での“サポート”が行われた。まずはこのことに対して、熊本県民の一人として心からお礼申し上げたい。
もちろん、ほかのスポーツに関わる選手やファンの方からの支援もあっただろう。ただ、その中でもサッカーとJリーグを通じたつながりの強さと太さ、迅速さは、群を抜いていた。心強かった。
今号でインタビューしたアスリートクラブ熊本の池谷友良社長は、前震の翌日にいち早くクラブへの支援金を振り込んでくれた仙台の例を挙げ、「被災した経験を持っているクラブや選手ほど対応が早いし、いろいろなことを分かってくれていると感じた」と話している。こうした非常時のノウハウを共有でき、事情を理解してもらえるのも、全国各地にJクラブが存在することのメリットであろうし、リーグが掲げる百年構想を成す要素としても、将来にわたって受け継いでいくべき財産ではないかと思う。
そして、その土台になっているのは紛れもなく、“人同士”のつながりだ。選手、監督、サポーターの隔たりなく、それぞれの人生のどこかでサッカーというスポーツを通じて関わった多くの人たちが、そのネットワークを生かしてまさに“チカラをひとつに”結び、その矢印を熊本に向けてくれたのだ。
サッカーは11人がそろってチームになる。相手がいて初めて試合ができるし、複数のチームがあるからこそリーグ戦に参加できて、見て楽しみ、生き甲斐にもできる。当たり前に思えることが実はとても恵まれた、尊いことなのだと、いまならよく分かる。
熊本をリーグ戦復帰に導いてくれたのは、各クラブをつなぐJリーグの絆。元気な姿を見せることで、熊本はそれに応えていく。(井芹 貴志)