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4月21日に行われたミーティング。熊本はリーグ戦復帰の日程と合わせ、Jリーグ側から提案された「練習拠点を一時的に県外に移す」という選択はせず、熊本県内にとどまって再開に備えることを決めた。終了後にメディアの前に姿を見せた巻は、わき上がる感情を抑え切れず、涙をこぼした。
「ほかの場所でトレーニングすることも可能だったが、みんな『熊本に残って、熊本のために何かをしたい』、そういうふうに言ってくれて…。言葉ではなかなか表現できないが、いろいろな人たちへの感謝の思いしかない」
登録選手29人のうち、地元の熊本県出身選手は巻をはじめ9人。このうちGK畑、DF森川、MF上村、MF嶋田の4人は、県内で最も被害の大きかった益城町の出身である。二度にわたる震度7の揺れで畑と森川の実家は倒壊して住めなくなり、彼ら自身も避難所での生活を余儀なくされた。
そうしたチームメートの状況を受け、「県外出身の選手も彼らに寄り添ってくれた」と、アスリートクラブ熊本の池谷友良社長は話す。実際、避難所を訪れてのサッカー教室や巻を中心とした物資集めなど、残った選手たちが自主的に始めた支援活動を知り、一時は地元など県外に避難しながら、全体練習の再開を待たずに熊本へ戻ってきた選手も少なくない。本震のあと地元の埼玉県へ帰ったDF鈴木も、「自分にできることをしなくては」と、たった1日で熊本に戻ってきたという。
選手たちのそうした活動はそのまま、「県民と同じ目線で、地域に寄り添って一緒に戦う」(池谷社長)ことにつながり、同時に発足以来掲げてきた『県民に元気を子ども達に夢を熊本に活力を』というクラブ理念を再確認し、体現することにもなった。
訪れた避難所では、励ますつもりが励まされて勇気をもらい、子供たちの笑顔に元気をもらった。地域の人々との距離が縮まるだけでなく、選手同士の結束が強まるのは、必然。巻も「もともとポジティブでチームワークは良かったけど、よりまとまった感じがする」とその変化を感じている。
中止と判断された5試合は今後、平日のナイトゲームとして組み込まれていく可能性が高く、選手たちにとってはタイトなスケジュールや移動の負担ものしかかってくる。ただそうしたときにこそ、今回の震災を機に、より固くなった選手たちの結束は必ず生かされ、チームが前に進んでいく力となるはずだ。(井芹 貴志)