―下平監督にとって柏レイソルというのはどんな存在ですか?
「18歳で青森から出てきて、選手としては2年間、FC東京に在籍した以外は、このクラブでずっと仕事をさせてもらっています。いまのアカデミーの選手たちはもっと小さいころから柏レイソルというクラブに親しみがあると思いますが、僕からすれば18歳からこのクラブにいて、自分の故郷にいるより柏に住んでいるほうが長くなりました。サッカー選手としてもお金を稼がせてもらったし、生活もできるようになりましたし、引退してからは指導者としても育ててもらっています。本当にこのクラブのために恩返しをしたいという気持ちが強くて、今回監督を引き受ける話になったときも、『これはやるしかない』と心から思ったし、指導者を目指した時点からトップチームの監督をやりたいという目標がありました。それが自分の予定していたものよりはかなり早かったというか、予期せぬタイミングで来ましたが、それは目標としていたことだし、『これは引き受けるしかない』と思いました」
―トップチームの監督として日立台で指揮を執ったときは感慨深いものはありましたか?
「状況も状況でしたし、とにかく無我夢中で。しかも、仙台に負けてしまったので(3月27日のナビスコカップ第2節・0●1)、あんまり感慨に浸っている暇もなかったですね」
―ただ、日立台でタイトルを獲ったりしたら…。
「タイトルを獲ってクラブに恩返しができればと思いますけどね。いまは目の前の1試合1試合で必死ですが、最終的にはACLで優勝することが目標なので、それが僕のいる間にできれば最高ですね。ただ、僕が監督ではなくても、レイソルがACLで優勝できるようなクラブにまで成長していくことが一番です。アカデミーの監督のときはACLで優勝するメンバーを送り出すことが自分の仕事だと思っていましたし、トップチームが優勝してくれれば最高だと思っていました。それが、まさしくいま自分がそういう立場になったので、そこに目標を置いてやりたいなと思います」
―では最後に今季の目標、そしてサポーターへのメッセージをお願いします。
「いま自分が指揮を執る中で、組織的で、ボールを大切にしたサッカーをしたいという話を選手たちには伝えてきました。そこで選手たちが本当に頑張ってくれました。特に守備の部分はこういう守備がしたいという話をしたら、自分が想像していた以上に走ってくれたり、守備をしてくれた。結果的にそれがボールを奪う形につながって、観に来てくれるサポーターの皆さんが『楽しいな』と感じてくれるようなサッカーにつなげられたらと思います。やっぱりサッカーをプロとしてやっている以上、勝つためにいろいろなことを考えるんですけど、観に来た人が『良かった』とか、『感動した』とか思ってもらえるようなものでないといけないなと思います。もちろん勝つことは大事だし、勝たないといけないですけど、それにプラスして観ている人が本当に応援したくなるようなチームというのを作っていきたい。この間のフロンターレ戦は負けてしまいましたが、いっぱい観客が入って(13,977人)、その応援は本当に鳥肌が立つぐらいすごいなと思って聞いていました。そうやって満員のスタジアムの中で熱気のある、活気のあるサッカーをもっともっと披露したい。サポーターの皆さんの声援は選手たちのパワーにもなりますし、選手の個々のレベル向上にもつながります。僕らももっともっとそういうサッカーを見せられるように努力しますし、皆さんにはぜひ熱い応援をしてもらえたらなと思います」
聞き手: 須賀 大輔 写真: 徳丸 篤史
下平 隆宏(しもたいら・たかひろ)
1971年12月18日生まれ、44歳。青森県三戸郡五戸町出身。現役時代は五戸中→五戸高を経て、柏レイソルの前身である日立製作所サッカー部に入部。93年から00年まで柏に所属し、01年にFC東京へ移籍。03年に柏に復帰すると、翌年現役を引退した。その後は柏のスカウトや柏U-18のコーチや監督を務めた。今季からトップチームのヘッドコーチに就任したが、3月にミルトン・メンデス監督が辞任すると監督に昇格。一時はリーグ戦で最下位に沈んでいたチームを再び軌道に乗せた。