Photo: © JFA
日本が誇る偉丈夫。未来を切り拓くとき
リオ五輪を戦うU-23日本代表としての記者会見が終わりフォトセッションが始まると、カメラマンの一群から「肩を組んでガッツポーズをお願いします」という声が飛んだ。隣にいる櫛引政敏が「お前、ガッツポーズとかできんの?」と小声で尋ねると、眉をピクリと動かした植田直通。「ちょっと硬いな。笑って」という広報担当の声に反応し、何度かぎこちなく表情筋を動かそうとしたが、その試みはあえなく失敗に終わった。
しかし、つい1週間前はまったく違う顔を見せていた。1stステージで優勝を勝ち取った瞬間から、トロフィーを掲げたセレモニーが終わるまで、植田は21歳らしいはじけるような笑顔を見せていた。その後、青木剛を胴上げし、スポンサーと喜びを分かち合うと、ミックスゾーンに現れたときにはいつもの表情に。鋭い眼光の偉丈夫は、まるで『三國志』や戦国時代から抜け出してきたかのような佇まいで、「失点が二ケタにいってしまった」と悔み、「2ndステージでは、もっと減らしていかないといけない」とすぐさま新たな戦いに目を向けていた。
「世界一になりたい」
プロになりたてのころ、植田はときおりこの言葉を口にしていた。ただ、そのために必要な道筋がどこにあるのか。このころの植田はハッキリつかめていないように見えた。憧れていたのは元バルセロナのプジョルというのも象徴的。ファイティングスピリットにあふれたプレースタイルは、武闘派の植田と確かに被る部分もある。しかし、植田の身長は186cm。178cmのプジョルとは自ずと違うプレーが求められた。
鹿島でも、まだまだレギュラーとは言えない立場のとき、「試合に出ること自体が目標ではない。やはり鹿島でレギュラーを取って戦うというのがこれからの目標」と話していた。そのために必要なことを聞くと、「もっと良くするために、もっと練習したい」と答えが帰ってくる。自分の課題がどこにあり、なにを克服すれば目的とする場所に近付けるのか。その答えは具体性に欠け、道筋を明確につかんでいた内田篤人や柴崎岳とは少なからず異なるものを感じさせた。
しかし、プロ4年目の今季、植田は大きく変わった。1stステージで15試合に先発。昌子源とのコンビで17試合10失点という偉業を成し遂げた。隣に立つ昌子は言う。
「ナオ(植田)の成長は、たぶん僕が一番感じている。みなさんが分かるのは、リオ五輪アジア最終予選後の変化。誰が見ても『変わったな』と思うだろうけど、隣にいた僕はもっと変わったと感じている」
昌子の声を聞き、それによって動いていたのは過去の姿。アジアチャンピオンに輝いた自信は、自らの判断に根拠を植え付けた。1st最終節・福岡戦(2●0)、昌子不在の中、コンビを組んだブエノに「声を掛け合おう」と呼び掛けたのは植田のほうだった。
前述の会見で、リオ五輪を戦うメンバーに選ばれた感想を問われたときも植田らしかった。「すごく光栄なことだと思うし、選ばれた瞬間はすごくうれしかった」
そう言いながら、すぐに選外となった仲間たちに思いを寄せる。「今回、来られない選手もいるので、そういう選手のためにもしっかり戦いたい」
大会での目標は「優勝」と断言した。ただし、それは今までのような漠然としたものとは違う。確かな自信があるからこそ口にできる言葉。
「いまの自分が世界を相手にどこまでできるのかを確かめたい。対等にやり合えるのか、戦ってどれだけの課題が出るのか。自分がステップアップしていくためにもすごく大事な大会になると思う」
格段の成長を遂げた植田が、ブラジルの地で日本の未来を切り拓く。(田中 滋)