『終わったときのことしか考えていない。シーズン終了後にどの位置にいるか』
―日本に復帰しておよそ半年が経ちましたが、自身のいまのプレーには手ごたえを感じていますか?
「そうですね。日本では(これまでの)自分のプレーにあまり良い思い出がないので(笑)。ずっと結果が残せていなかったから、日本に帰ってきて、『あのころとは全然違うな』と肌で感じています。すごく楽しいし、誰とやってもスムーズにプレーできています。それは、ロビー(ダニエル・ロビーニョ)でも、アリ(有田)でも、イ・ヨンジェでも、タム(田村)でもそう。その選手をどう生かして、自分がどう生かされるか。細かく考えているわけではないんですけど、私生活から自然に周りが見えていたり、観察がよくできるようになった。浦和のジュニアユースのときに淀川(知治)さんという監督にお世話になったんですけど、『私生活の態度や生き方が、そのままピッチに出る』と言われて、そのころは『そんなわけないだろ』と思っていたんです。でも、本当にそうなんですよね。長くサッカーをやっている人は、それだけの人柄を持っているんです。ヤットさん(遠藤保仁/G大阪)とか俊輔さん(中村俊輔/横浜FM)も人柄があるからこそ、あれだけ長くトップクラスでサッカーができる。それを若いうちに気付くことができたら、スーパーな選手に早くなれるんでしょうね。浦和時代は、おごりがあったり、過信をしていたり、ナルシストだったり。いろいろなものが自分の中にあって、それがピッチにそのまま出てしまっていたんです」
―京都の若い選手に、そういう部分を気付かせてあげたい?
「どんな人に対しても同じ接し方をしてほしいんです、若いヤツには。変に気を遣わないで、自分の言いたいこと、やりたいことを言ってほしい。僕たちがそれに対してキレたり、怒ったりすることもないし、それができる空気にしたいです」
―現在、京都の順位は6位です。開幕前のイメージといまのポジションにはギャップを感じていますか?
「正直、シーズン前は何も考えられなかったです。もちろん、J1昇格というのはチームの目標として考えていましたけど、僕が京都に加入したのは開幕の1週間前。どういうサッカーをするのかも、どこまで強いのかも分からなくて。昨季の順位を見たらJ2・17位なので、『えっ、京都が?』みたいな(笑)。そんな状態から始まっているんです。だから正直言って、いまのポジションが良いのか悪いのかは分からないです。でも、終わったときにこのポジションだったら悪い結果だと思います。僕は終わったときのことしか考えないんです。シーズンが終わったときにどの位置にいるかで、初めて今季はどうだったかということを考えられる。それは、僕個人のゴールやアシストについても同じです」
―今後のビジョンについてもお聞きしたいんですが、日本代表という目標は常に持ち続ける?
「次のロシアW杯が年齢的にはベストな状態だと思っています。いまは、ロシアW杯のためにすべてを懸けています。もし、そのときに日本代表に入れなかったら、そこで初めて代表以外のことを考えます。本当にプレーしたいクラブとか、行きたい国のこととか。お金うんぬんではなくて。僕はスペインのグラナダ生まれなんですけど、グラナダでサッカーをしたいという気持ちもあるので。でもいまは、『日本代表のため』というのがすべて。代表に入るためには、京都でやることが僕にとっての一番の近道だと思っていますから。京都が目標を達成できなかったら、僕の日本代表も見えてこない。だからこそ、すごくやりがいがあるんです」
おわり
聞き手:川瀬 太補 取材日:8月20日
エスクデロ 競飛王(えすくでろ・せるひお)1988年9月1日生まれ、28歳。スペイン出身。171cm/73kg。ベレス・サルスフィエルド(アルゼンチン)→柏・青梅JY→浦和JY→浦和Y→浦和→FCソウル(韓国)→浦和→FCソウル(韓国)→江蘇舜天(現・江蘇蘇寧/中国)を経て、今季京都に完全移籍。J1通算81試合出場7得点。J2通算27試合出場4得点。07年に日本国籍を取得。