“強い”選手から“怖い”選手への脱皮
リオ五輪にチーム最年少でメンバー入り。19歳で世界の檜舞台を経験した井手口は、プロ3年目の今季、五輪開幕前の時点ですでに十分過ぎるほどの成長を見せていた。
しかし、若手の登用、育成に定評ある長谷川監督は、自らが手塩にかけて育ててきた逸材にさらなる伸びシロがあることを見抜いていた。
「五輪を経験して帰って来ると、グッと伸びる選手がいる」(長谷川監督)。
指揮官の見立てに狂いはなかった。 五輪直後に20歳を迎えた若きボランチがさらなるブレイクスルーのきっかけをつかんだのは、9月17日の名古屋戦(2nd第12節・3◯1)だった。
「『点に絡んでこい』と要求しなくなった途端に点を取った」と長谷川監督は苦笑したが、その名古屋戦で試合終了間際に試合を決定付けるチーム3点目を奪取。ルーキー時代から「パンチのあるミドルを持っている」と指揮官が評していたミドルシュートで待望のJ1初ゴールを決めた。この得点が背番号21にとって大きな自信になったという。
「あの試合で得点できたことでゴールへの意識が変わってきた」(井手口)。すでにその守備力には定評があった井手口だが、もともとはG大阪のアカデミー時代に背番号10を託された技巧派でもある。
点を取る喜びを再確認した井手口はルヴァンカップでニューヒーロー賞を獲得。決勝の浦和戦はPK戦で敗れたものの(2△2、4PK5)、走行距離で15kmを超えただけでなく、スプリント回数も全体で藤春に次ぐ2位を記録。もはやそのボール奪取と運動量は長谷川ガンバに欠かせない武器になりつつある。
そして、覚醒した得点意識も本物だった。2nd第15節の横浜FM戦(2△2)では、やはりミドルシュート2発でプロ入り初の1試合2得点を記録。「たくましくなってきた」(長谷川監督)20歳は、2ndステージの最終節、川崎F戦(3◯2)でも自らがボール奪取の起点となりながら、前線に進出してこぼれ球を押し込んだ。
“強い”選手から“怖い”選手に脱皮しつつある背番号21だが、まだ確かな伸びシロを隠している。(下薗 昌記)