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[特集・松本]地域リーグからJ1まで。鐡戸裕史が得た勲章/EG FEATURES

2016/12/7 7:00


地域1部から3年でJ2へ帰還

 今年春先、「同一クラブで、J1、J2、J3先発出場の珍記録」なる記事が、某ニュースサイトで取り上げられていた。スタッフとサポーターに支持されるバンディエラのみに許された誇るべき記録が、ネタとして扱われたことに一抹の寂しさを感じずにいられないのは筆者だけか。
 それでは同一クラブにおいて4つのカテゴリーで先発出場を果たしたならどうか。地域リーグを振り出しに、JFL、J2、そしてJ1リーグ戦で先発起用された鐡戸裕史が松本で記した足跡を、この稿で振り返りたい。
 鳥栖を08年限りで契約満了となり、松本に加わったのは翌年途中。当時の松本は北信越リーグ1部に所属し、金沢や長野とともにJFL参入という狭き門に挑んでいた。カテゴリーを二つ下げての再挑戦には覚悟を必要としたと言うが、だからこそ鐡戸は「このチームで絶対にJ2へ戻る」と強い決意を秘めていた。ほかの選手たちと同様に週3日ほどスポーツ施設の管理員として働きながらサッカーを続け、ファンやサポーターと触れ合うことでスムーズに松本の街にも溶け込んでいく。
 JFL時代にはライバルだった町田に大敗する苦さも味わい、松田直樹との突然の出会いと突然の別れも経験した。11年には首の皮一枚となってからチームは怒涛の快進撃を見せ、鐡戸は3年の時を経てJ2のピッチへの帰還を果たした。
 尽きぬスタミナと、右足からの高精度キックが特長の鐡戸。その能力がさらに開花するのは、Jリーグ復帰となった12年から。新たにチームを率いることになった反町監督は既存戦力を見て、相手よりも走力で上回ることで勝機を見いだすサッカーに着手。幸いにも鐡戸は元来運動量をストロングポイントとしており、精力的な上下動から攻守に絡むのが持ち味。またプレースキッカーとしても結果を出しており、セットプレーを得点源とするチームスタイルにも合致。重宝されることになった。

チームのために戦い続けた日々

 ただ、指揮官から認められたのはプレー面だけではなかった。反町監督は日ごろの囲み取材で煮え切らない若手に奮起を促しつつ、「ベテランの(鐡戸)裕史があれだけ一所懸命にアピールしているというのに…」と練習時の姿勢を称賛していた。チーム最古参となってなお、おごることなく日々の練習から全力でアピールを続けていた。近年はベンチ外となる機会もあったが、それでも腐ることなく課題に向き合っていた。
「トレーニングマッチから勝利にこだわって、結果を出していこう。それがチームにとっても自分自身にとっても大切で必要なこと。先発で出ている選手たちが危機感を抱くように、高い意識を持ってプレーしよう」
 松本に加入してから現役引退を発表するまで、チームのことを考え続けた7年半――。その姿勢こそが、指揮官から大きな信頼を寄せられ、サポーターから大きな声援を送られた理由だ。“同一クラブでの4カテゴリー先発出場”という記録は、彼が得た勲章の一つであろう。(多岐 太宿)

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