FW 大久保 嘉人(川崎F→FC東京)
16年11月2日。大久保嘉人のFC東京移籍が決まったのは2ndステージ最終節・G大阪戦(2●3)の前日だった。「この歳の選手に『ここまで提示してくれるか』というほど(の条件)。そういう評価をしてくれているのは自分にとってもうれしかった」。前年度に引き続いてのFC東京側の熱いオファーに「また違うチームでやってみたい」という挑戦心が重なり、大久保は慣れ親しんだ川崎の地を離れる決意をしたのである。
ただ、そこに至るまでの過程には辛いものもあった。契約書に判を押す際、大久保の妻は号泣した。それは「フロンターレが好きだったから」(大久保)。そして、チームの主将である中村も電話で彼の決意を踏み留まらせようとする。しかし、男の決心は揺るがなかった。最終的には夫人も「自分がそう思うのなら」と背中を押してくれたと言う。
そして翌日。最終節のG大阪戦ではトップ下の位置に入って、若い三好、長谷川を生かすプレーを連発した。彼の一挙手一投足には、“川崎Fのサッカーはこれだ”、“自分がいなくなってからも縦へゴールへと迫るプレーを忘れないでほしい”という思いが強く込められていた。移籍が正式に決まったあとの試合で、大久保は自身の持つ能力を最大限に引き出してくれたチームに、“遺産”を残そうと全力を尽くしていた。最後にタイトルを獲るために。だが、チャンピオンシップと天皇杯でともに鹿島に敗れ、戴冠への思いは次の舞台に持ち越された。
「FC東京もリーグ戦を獲っていないから」。栄冠をもたらしたいと語る大久保の目は本気であり、飢えていた。幾度もチームを救ってきたエースが敵となることは、サポーターとしても簡単には受け入れがたいだろう。だが、“川崎の嘉人”と歩んできた4年間は、このクラブに関わるすべての者の中で、これからも霞むことはない。(竹中 玲央奈)
大久保嘉人(おおくぼ・よしと)1982年6月9日生まれ、33歳。福岡県出身。170cm/73kg。国見中→国見高→C大阪→マジョルカ(スペイン)→C大阪→神戸→ボルフスブルク(ドイツ)→神戸を経て、13年に川崎Fに完全移籍。今季、FC東京に完全移籍。J1通算371試合出場171得点。J2通算29試合出場18得点。元日本代表。