MF 石毛 秀樹(清水→岡山)
「こんなもんじゃない」というのは、本人だけではなく、清水サポーターも思っていることだろう。11年のアジア年間最優秀ユース選手賞を受賞した高校生が、両親とともに訪れたクラブハウスで2種登録を済ませたのは、いまから5年前。そこから石毛秀樹は清水の最年少記録を次々と塗り替える活躍を見せ、13年のシーズン前にはマンチェスターCの練習にも参加。練習試合で元イタリア代表のマリオ・バロテッリ(現・ニース)とプレーするなど、フィーバーは続いた。
だが、彼にとって不運だったのは13年に右SBという慣れないポジションを任されたことかもしれない。14年途中に、ユース時代の監督であった大榎克己氏が監督に就任すると「錆びついている」と厳しい評価を下されるなど、伸び悩みの時期が続いた。
止まりかけていた時計の針が再び動き始めたきっかけは15年の清水のJ2降格。「自分が小さいころから応援していた清水を取り戻すために、先頭に立って変えられるようにしなければ」と強い決意を持ち、16年の開幕戦では先発出場。守備でもチームに貢献し、持ち前の攻撃センスも見せつつあった。しかしその一方で、その責任感からか、チームメートにたしなめられるほどゴール前で得点の意識が強くなり過ぎ、得点機会をつぶしてしまうことも多くなっていた。勝っているときにはメンバーを変えない小林監督だが、昨季のJ2第38節・群馬戦(4◯0)で大勝した翌節、これまで先発だった石毛をベンチに置くと、以降はベンチ外が続いた。そして、最終節のJ1昇格の瞬間もピッチに彼の姿はなかった。
石毛にはこれまで過度な期待が寄せられていた。一度チームを離れることで重荷から解放され、それが良い方向に進むことを願うばかりだ。そして、いつの日か清水に戻り、あのとき誓ったチームを引っ張る存在へと成長してほしい。(田中 芳樹)
石毛秀樹(いしげ・ひでき)
1994年9月21日生まれ、22歳。静岡県出身。170cm/69kg。清水JY→清水Yを経て、12年にトップチームに昇格。17年、岡山に期限付き移籍。J1通算81試合出場7得点。J2通算23試合出場1得点。J3通算8試合出場2得点。