ぶち上げた『6位以内』という目標
Jリーグ参入から4シーズン目。今季も讃岐の指揮を執るのは、もちろん北野監督だ。北野監督は10年に監督に就任。その当時、讃岐はまだ四国リーグで戦っていた。そこから1年でJFL昇格へ導き、13年にJ2・JFL入れ替え戦を制して見事Jの舞台へと駆け上がった。しかし、J参入後は苦難の道のりだった。常にアッと言わせる試合を演じてはくれるが、初年度はJ2・J3入れ替え戦を制して辛くも残留。それ以降もラクに残留できたシーズンはなかった。
だが、北野監督が今季掲げた目標は『6位以内』。過去の戦歴(最高は15年のJ2・16位)、クラブの予算規模を考えると大胆な目標だろう。そして、当然ながらJ1昇格プレーオフ進出を目指す意思表示でもあるが、ここで大問題がある。讃岐にはJ1ライセンスがない。クラブハウスもなければ、ほとんどの練習場が未だ人工芝。4シーズン目に入ったいまも抜本的解決を図るには至っていない。
しかし、その上で掲げた大目標。「昨季を考えれば倍以上やらなあかん。選手は3倍働いて、スタッフは10倍やってくれ! 俺はそれ以上に働くから」と選手たちの前で語気を強めた。その場には社長をはじめ、一部フロント陣、讃岐を取り巻くすべてのメディア陣がいた。これは、北野監督からのメッセージだ。「フロントは本気で環境改善に取り組んでほしい」「メディア陣はクラブが抱える問題も含めて今季の目標を報道してサポートしてほしい」。少なくとも記者にはそう聞こえた。
J1昇格POに進出するための法則!?
香川県にJリーグがあるという日常。そこに至るまでは、平坦な道のりではなかった。昨季はクラブのJ通算100ゴール目が生まれ、J通算100試合も達成。過去に讃岐を支えてきた人たちの思いを背負い、やっとの思いで立てたJの舞台。チーム最古参、11シーズン目を迎える綱田は「加入当時は練習時間もバラバラ。仕事で集まれない人もいた。僕もアルバイトをしながらの日々だった」と振り返る。どのクラブにも似た歴史はあるはずだが、讃岐は北野監督就任後の数年間で急加速した。昨季のJ2第16節・C大阪戦(3◯2。後半ロスタイムに同点に追い付かれるも、その2分後に勝ち越し)で、漫画のようなミラクルな勝利を収めた試合が記念すべきJ通算100試合目だった。試合後の監督会見でメモリアルゲームについて質問したが、「一言で答えられるものではない」と返され、無粋な質問をしてしまったものだと後悔した。少し考えれば分かる。そこに至るまでの困難、苦悩、重圧。すべてを背負って歩んできた道。10年前の讃岐であれば『(J2)6位以内』という目標は、雲をつかむような夢の話だった。しかし、いまは夢ではない。これは挑戦であり、目標だ。
昨年末、北野監督はこんなことを言葉にしている。「(J1昇格)プレーオフ進出の法則を見付けた」。新年を迎え、その核心に迫ると「一昨季のプレーオフは愛媛の試合を石丸(前・京都監督)、昨季は京都の試合を木山(前・愛媛監督)と観た。そのときに『次はまこさん(北野監督)』と言われた。おっ、俺の順番やん」。…法則でもなんでもなかった。しかし、こうやって記者を楽しませてくれるのも北野流。大きな夢を描く男・北野誠の原稿には、やはりこういうオチも必要だ。 (柏原 敏)