柴崎がスペイン2部のテネリフェに移籍した。契約期間は6月30日まで。退路を断ってのチャレンジだ。
この2年、移籍マーケットが開くたびに海外移籍を目指す意向をチームに伝えていた。その思いの強さは、日本代表の招集から帰ってきたときの練習に対する意識を見れば明らか。自分を高めるための作業に打ち込む姿は、日頃から口数の少ない柴崎の心を映す鏡だった。
このオフは「海外に行く」という強い意思を前提に交渉が進められた。「リーグ優勝してから行けよ」というクラブとの約束も果たし、天皇杯と合わせて二つのタイトルを置き土産にスペインへ旅立った。
売り込んだラス・パルマスには足元を見られた感が否めない。彼らが本当に欲しい選手であれば、もっと違う扱い方をしただろう。行き先は“保険”だったテネリフェとなったが「2部でもいいからはい上がる」と移籍を決断した。
待っているのは結果だけで判断される厳しい世界。チームを勝たせられなければ評価は得られない。感情を揺さぶるプレーを見せればサポートされるが、そうでなければ容赦はない。トニーニョ・セレーゾ元監督は「彼は自分ですごいことができることを自覚していない。なんとかしなくてはいけない」と話していたが、その後もまばゆい光を放つこともあれば、そうでないときもあった。それでも、いつも変わらず鹿島は彼を愛し、支え続けた。彼が見せる最高のプレーは、たくさんの人の心を大きく揺さぶったからだ。
どんなときでもやさしく包んでくれた母なる鹿島から「はい上がる」という、らしくない言葉を使って旅立つ。
テネリフェでは過去の華麗な実績はリセットされる。環境は過酷だがシンプルでもある。カナリア諸島の熱い太陽に負けないまばゆい光を放て。(田中 滋)