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エゴイストからの卒業。そして新潟へ
意識は確かに変わった。
14年、出場機会を求めて新潟から福岡へやってきた酒井宣福だったが、当時は“個人の出来”に意識が傾倒する感は否めなかった。なかなかポジションが固定されなかった新潟とは違い、福岡では前線に固定された。それは、ハッキリと数字が出るポジションということでもある。14年はチームとして成績が低迷していたこともあり、「ゴールを取りたい」と常に口にしていた。
期限付き移籍期間を延長して迎えた15年も、シーズンの目標を「背番号(20)と同じだけ得点したい」と掲げたように、彼の中での意識は変わらないかと思われた。しかし、それが変わった。
意識が変わるきっかけとなったのは、井原正巳監督のスタンスとチームの好成績だった。シーズン当初は得点を決めながらも先発の座を確保できないと練習後の取材の際には不満げな表情を見せることもあった。しかし、「得点はチームで取るもの」、「練習で調子の良い選手を使う」というのが井原監督のスタンス。その中で、チームが好成績を収めていたことで、フォア・ザ・チームの精神がチーム全体に波及する。そこで酒井自身の意識も変わっていった。
シーズン最終盤には「個人の数字へのこだわりはもうない。チームが勝つためにプレーするだけ。チームがJ1昇格を狙える位置にいることで、そういう気持ちにさせてもらっている」と話したように、エゴイストな酒井の姿はもうなかった。
2年にわたる福岡在籍期間で、試合に出続けるという経験もさることながら、J1昇格争いの中でチームがまとまっていく過程を経験できたことは、酒井にとって大きいはずだ。チームのためにプレーすれば自分が生かされるということも理解できたはず。
性格も明るく、取材対応でも良いコメントを多く残してくれたナイスガイだった。プレーでも意識の面でもたくましさを増した酒井なら、全身全霊で新潟のためにプレーするだろう。(杉山 文宣)
酒井 宣福(さかい・のりよし)
1992年11月9日生まれ。181cm/78kg。新潟県出身。レザーFC→帝京長岡高を経て、11年に新潟に加入。14年に福岡へ期限付き移籍。福岡で2年プレーし、16年から新潟へ復帰。J1通算12試合出場0得点。J2通算76試合出場14得点。