小林 久晃
(アパレルブランド「FIDES」ディレクター)
Jリーグで200試合以上出場した実績を持つ男がセカンドキャリアに選んだのはなんとファッション業界だった。オリジナルのアパレルブランド「FIDES」を立ち上げ、まったく異なる世界での挑戦を決めた理由とはー。
取材・文:杉山 文宣
"アパレルブランド「FIDES」を立ち上げ。
まったく違う世界での日々"
なぜ、ファッション業界だったのか。プロ生活15年、Jリーグで200試合以上出場した実績を持ちながら小林久晃氏は16年の引退後、アパレルブランド「FIDES」を立ち上げた。いま、小林氏はそれまで生きてきたサッカー界とはまったく違う世界での日々を送る。その根底にあるのは「チャレンジ」という思いだった。自分のため、後進のため、そして、サッカー界のため。新しいステージでの小林氏のチャレンジは大きな環状線を描こうとしている。
―引退してから3年あまり、いまはどういったお仕事をされているのでしょうか。
「引退して半年後にオリジナルのアパレルブランド『FIDES』を立ち上げました。そのブランドでの服の企画、デザインや営業。店舗での販売といったところがいまの主な仕事です。サッカー解説の仕事もやらせてもらっていますが、自分のブランドの仕事が中心です」
―日々のスケジュールとしてはどのように働いて
いるのでしょうか。
「基本的には10時半に出勤して7時半に退社するというのが通常の勤務時間です。でも、それは日によって変わります。枠組はありますけど自分の場合、自由と言えば自由。もちろん、お店には来るし、集中して作業したいときは近くのカフェに行って作業することもあります。生産の打ち合わせもあるので月に1、2回は出張で東京や大阪に行くこともあれば、ポップアップストアの出店をやる時期は2週間くらい福岡を離れることもあります」
―ブランドであるFIDESのコンセプトはどういったものですか。
「“現代を生きるすべての人のためのユニフォーム”というのをコンセプトに掲げているのですが、生地と着心地にこだわり、購入してくださった方が少しでも幸せな気持ちになってくれたらいいなと思っています。FIDESはラテン語で信頼という意味なのですが、関係会社、工場との信頼関係、お客様との信頼関係、それがまず伴っていなかったら成り立っていかないと思っていますし、それはスタッフにも常に言い聞かせています。ただ物を作って売るだけでは一過性のもので終わってしまう。それはアパレルに限らずすべてに共通することだと思いますね」
"「これしかできない」ではリスクがある。
一つの選択肢としてアパレルを選んだ。"
―セカンドキャリアを意識し始めたのはいつくらいからだったのでしょうか。
「30歳くらいからはいつ終わってもおかしくないという危機感はありました。でも、実際に何をやるかを考えても明確なものは出てこない。サッカーをやっている人たちはその年代になれば少なからず、引退後のことは考えると思います、でも、サッカーをやっているとなかなかほかのことに対して、知識もないし、そこに力を注ぐのは難しい。ただ、自分の場合はサッカー以外のところで企業の社長さんの知り合いもいたので、ゴルフや食事をさせてもらう機会も多くありました。そこでのコミュニケーションはすごく自分の中ではプラスになりました。サッカー選手だからこそ、知り合えたというのもあるし、どんどん、現役のうちにいろいろな人に会ったほうがいいなというのは、常に思っていました」
―引退後はサッカー関係に進むよりも違う方面に進む方が魅力的に映ったということでしょうか。
「サッカーの仕事が果たして自分に合っているのかどうかを考えたときにちょっと違うかなと感じました。それなら、ゼロから自分の可能性を信じてチャレンジしたほうが自分らしい人生を送れるかなと考えました。この業界に来て、最初のころはメールの打ち方も分からないようなレベルでした。服に関しても素人だったので生地や縫製のことなど、すべてのことが手探りの状態でした」
―セカンドキャリアとしてファッション業界を描き始めたタイミングはいつくらいだったのでしょうか。
「引退する2年前くらいからブランドを立ち上げるのも面白いかなと考えるようになりました。プロでの15年と学生時代も含めれば、いろいろな人脈もあるし、それも生かせるかなと自分の中で考えましたが、それでも簡単にうまくいくとは思ってなかったですし、覚悟を決めてのチャレンジでしたね。ただ、これだけをずっと一生やりたいというつもりではありません。サッカーから離れて、セカンドキャリアの取っ掛かりとしてチャレンジするにあたって、一つの選択肢としてアパレルを選んだというのが一番正しいかもしれません。もちろん、服は好きだし、FIDESというブランドに対する思い入れも強い。ずっとやっていきたいとも思うけど、いまの時代は『これだけしかできない』ではリスクがある。ここからまた、いろいろとチャレンジしていきたいという気持ちは強いです」
―いまの職業でのやりがいはどんなところに感じていますか。
「みんなで苦労してやっとでき上がった商品を、お客様が手にとって嬉しそうに『かっこいい』とか『この生地、いいですよね』とか言ってもらうと素直にうれしいです。Jリーガーの後輩や友人からも電話やメールが来て、『あの服、まだありますか?』と連絡があるのもうれしいですね」
―逆に難しさを感じているのはどんなところでしょうか。
「これは永遠のテーマなんでしょうけど、出すまではどれが売れるか分からないというところですかね。これは本当に難しいし、見方を変えれば面白い。ある程度スタッフも含め、予想を立てるのですが、予想どおりのものもあれば、全く期待外れのものや、逆のパターンもある。いまの時代インスタやフェイスブックなどのSNSが宣伝のツールになることが主なので、その投稿の仕方やタイミングによっても変わってくるので、その辺は難しいところではありますが、楽しみながらやってます。サイズ感やシルエットに関してもある程度トレンドも意識はしつつも、FIDESらしさが消えないようには心がけています」
―FIDESを愛用する選手たちも増えて、SNSでその様子を目にする機会も多くなったと思います。人脈という点もうまく活用されている印象ですが。
「これは幸せなことにサッカーに限らず、野球や水泳、ゴルフ、バスケットなどいろんな選手とのつながりがあるんです。ヴィッセル神戸のときのチームの栄養士の方が、大谷翔平選手の栄養士もしていて、その縁もあってつなげてもらったり、水泳の瀬戸大也選手や池江璃花子選手も、自分が大学のときからずっと見てもらっていたトレーナーさんが二人のトレーニングも見ていて、そこでつながったりと。偶然かもしれませんが、その偶然は20年以上の付き合い続けてきているからつながったわけで、そういう人との縁やつながりって本当に大事なんだなとあらためて感じています。あとは自分の場合、ゴルフというツールがすごく大きい。現役のときから休みのときはたまに行っていましたけど、ゴルフをすれば一日をともにすることになるのでお互いにいいところや悪いところを見ることができるし、それでも、『また行こう』となれば、それなりに認め合っているということ。今でもそうですけど一人つながれば、また次は違うゴルフ仲間を連れてきて、そこでまたつながりが生まれる。それなりにゴルフがうまくて良かったなと思いますよ(笑)。
あと、サッカー界でいえば、自分の場合、ずっと独身だからどのチームにいても結構、若手の選手たちとご飯に行っていたし、面倒を見ていたほうだと思うので、いまはこうやって自分のブランドの商品をSNSなんかで紹介してくれるのは本当にありがたい。引退してからつながった選手もたくさんいます。例えば、小林悠選手(川崎F)は自分が現役のときはしゃべったこともなかったけど(大久保)嘉人(東京V)つながりで知り合いましたし、ほかにもそういうケースは多いですね」
"違う世界で学んだノウハウを
将来はサッカー界に還元したい"
―セカンドキャリアでファッション業界に進むサッカー選手は決して多くないと思います。後進のためにこの道を切り拓いていきたいというような思いはあるのでしょうか。
「セカンドキャリアという点においては、もちろん、僕の前に道を切り拓いている人はたくさんいます。37歳までプロで現役をやってきましたけど、そこからでもチャレンジして頑張っていけば成功できるというのは示していきたい。自分のことを見てくれている後輩たちも少なからずいると思うのでそこは自分の中で勝手にプレッシャーを感じていますし、下手な失敗はできないと思ってやってますよ。例えば、現役の選手が相談しに来てくれたり、そういう機会を持つこともいいかなと思っています。最近はよく近藤岳登ともアスリートのセカンドキャリアについて話をしています。いま、テレビに出ているような人たちは現役のときに実績もあって、ネームバリューもあって、金銭的な余裕もある。でも、それは本当にごく一部の人たち。自分や岳登のようにそれなりにはやってきたけど名前で売れるような人たちじゃないのがほとんど。そういった人でもやり方次第ではいろいろなことができるというのを自分たちが発信したほうが説得力があるのかなと思っていますし、(岳登と)何かやっていきたいねというのは常に話しています。そういう話をいまこうやって岳登とするとは思っていなかったですけど(笑)」
―FIDESというブランドの今後については?
「お店を各地に展開しようという気持ちはあまりありません。いまは福岡の店舗とオンラインストア、あとは各地でポップアップストアを定期的に開いています。それがしばらくはベースになるとは思いますが、日本だけではなくて海外の人にも認知されるようなアプローチを今後はやっていきたい。日本だけに的を絞っているようでは苦しくなってくると思うので、世界に目を向けてチャレンジしていきたいです」
―小林さん自身の人生設計はこれからどういう風なものを描いているのでしょうか。
「引退したのが30代後半でイチからこのブランドを立ち上げました。すぐに成功するとは思っていないし、少なくとも10年は苦労するだろうなと覚悟しています。FIDESを立ち上げて、サッカーとは違う世界でノウハウを身につけて、また、いろいろなことにチャレンジしていきたい。それを少しでもサッカー界に還元していきたいというのが、具体性はないけど、目指していきたいものです。引退してすぐだったら還元できるものは少ないだろうけど、それが3年後、5年後になったらサッカーとは違う世界を見てきているし、サッカーの世界を外からも見ることができる。その経験をサッカー界や後輩たちに還元できたらいいなと思います」
小林 久晃(こばやし・てるあき)
1979年6月20日生まれ、40歳。茨城県出身。185cm/78kg。東海南中→波崎柳川高→駒澤大→市原→山形→神戸→甲府→鳥栖を経て、16年12月に現役引退。J1通算126試合出場4得点。J2通算87試合出場5得点。